現代を見つめるザミャーチンの「我ら」

ザミャーチン「われら」川端香男里訳、岩波文庫、1991年発行

この本のあとがきから紹介

この本はソルジェニツィンの「収容所列島」などが出たころロシア文学として結構読まれたのではないか、と思う。ソビエトにおける反体制作家作品が一斉に出てきたころ、日本でも翻訳された。(この本は最初講談社で1970年に発行されたものの改訳。)訳者の川端香男里のあとがきを読むと、この本の書かれた時期は1920から1921年。1924年には英訳が出た。しかし1927年にプラハでロシア語で出版されるに及んで反革命の烙印を押された。すべての出版活動を禁止された故、1931年に彼はスターリンに手紙を書き、フランスに出国が1年認められた。しかしソビエトロシアには帰らなかった。1937年パリで客死、とある。

ロボット化された人間像

結局ソビエト的な権威主義、教条主義、画一主義、反文化主義、工業生産主義、独裁的支配などが人間的には何を生んでいくのかというある種の預言的、超未来的なイメージを構想して書いた小説である。実際のところそんなに発禁にするほどの内容かとも思える。ロボット化された人間像というのが彼の言いたかったことではないだろうか。やはりそこがソビエト政府なりスターリンは気に入らなかったのか。あまりに当を得た内容だったからか。この本を読んで体制批判と読めるというのは相当な読解力を必要とするような気がする。そういう言い方がおかしければ、体制側は相当細かいところに神経を使っていたということだろう。ペレストロイカの時にロシア文学史に復活してきたという。(パステルナーク「ドクトルジバゴ」などとともに)

作風がフランスのアバンギャルド的と川端香男里は書いているが私から見るとドイツの表現主義に近いような気もする。彼の表現の極端な比喩などを見ると文学的表現主義のように見えてくる。

本の内容

なかなかむつかしい。言ってることがわかりにくいのである。極端な比喩と書いたが、どこで何をしているかが読み取れない。大きな筋だけ要約すると、いかにもロボット化された人間がロボット化されることを喜んで受け入れている体制の日々の生活(いろんな規約がある)についての記述であるがこれは極端に未来をデフォルメしている。そのことが体制批判につながるのである。また主人公はインテグラルという飛行物体の技術士なのである。設計を担当していた。その彼が実験飛行の時に、その飛行物体をどういうわけか最後乗っ取る計画を主人公の関係ある女性が立てていた。しかし現実にはできなかった。しかしそのことによって何かを発見した。人間的なものの発見があった。また最後の革命は嘘ではないかという疑問もここには出てくる。それは最後の数字というものはあるのか、という疑問と同等とされる。この日々の生活や何かの事件はたぶん当時のソビエトで起こっているいろんな事件や問題が背景にあってそれをパロディ化したり風刺したりしているので、そういうところが本来的に理解されればより面白く感じられるものになるはずである。なかなかどんどん読んでいき、筋を追っていけるような小説ではない。日々のこのロボット的ユートピアでの生活とそこに住む人間の感情が日記のように書かれている。

要するに、完全な革命が終了してしまって最高の幸福を得られる条件を体制が作ってくれた世界を暗示している。(=ソビエトの言うユートピア)住居はすべてガラス張りで誰が何をしているのかわかる。また個人は名前はなくて記号なのである。I-105号などという本当に記号で呼ばれるのである。我々の名前が記号である、などと言われることもあるが、本当に記号になると能面のようでイメージが出ない。つまり漢字やカタカナや英語やロシア語というその世界にある歴史的に作られた文字と意味ある言葉を使うということは無機質の記号ではむしろなくて、その人が背負った歴史的文化的遺産を想像させるもので、名前によってその人自身のアイデンティティが得られような仕組みになっている、ということに気が付く。

この小説では魂を得る(人間的になる)ということは病気になり治癒する必要があるというように、究極の革命の理想(当時のソビエトのめざす体制)を追求するとこうなっていくのでないかというような暗示である。極端にデフォルメ化された未来像である。だから批判的、反ユートピア的、反共産主義的と言われるゆえんであろう。

あとがきによればいろんなパロディが使われているということだが、我々にはわからないことだらけである。ただ数学をパロディ化しているということはある程度わかる。

この小説の手法

まさに化構として、人間が、究極の誰かが考える理想世界=ユートピアに住むことになるとどうなるのか、という絶対的仮定の上にこの小説は書かれている。まさに全く現実ではない。現実にありえないくらい遠く離れている。そういう世界を描こうとしたということである。だから逆に人間を抽象的に浮かび上がらせる。人間がどうあるのが本来的であるかというような大所高所の議論といってもよい。極端なデフォルメ化された世界を見せておいて変ではないか、おかしいではないかという疑問を持たせる。そういう構造になっており、この小説の手法はある意味人間を考える意味では重要な手法であるといえる。

この本の面白さ

現在、この本を読むと彼の比喩の面白さに驚嘆する。素晴らしいの一言であり、こんな比喩を使える人の本を今まで読んだことはない。その描写の一つ一つはわかりにくい。しかしその比喩の奇異な言葉になれてくると見通しが良くなり、しだいに素晴らしいと思うようになる。またこういう表現をしない文章というものに何かしら不足感を抱くようになる。

この本との関連

香港、そしてチベット、ウイグル自治区問題などで中国のありかたには西側諸国はこぞって反対を表明している。ユニクロやZARAなどを販売する仏の4社に対して人道への罪容疑で捜査とある。(朝日21年7月2日付夕刊)

現在の中国に関しては、賛否両論ありで、やはりこの13億の民を統一し管理していくにはこのような共産党独裁、強権政治であっていいし西側のような国民主権、人権の尊重の考え方は、各国別でありうる、という考え方を表明する人々もいる。確かにロシアソビエトとはやり方は違うのであるが、人間の持つ固有の思想や政治信条、信仰の問題に国や政治が本当に極端に関与し、極端に制限していいのか、という疑問、また、幸福という関数=経済発展、経済的不満足はないというユートピア的世界像を与えることによってその他の制限を合法化する、という疑問はこの本では極めて明確に浮かび上がってくる背景の思想である。(参照、共産党100年習近平演説要旨、日経2021年7月2日付朝刊)

これ以上のことを言う必要はないと思うが、この本はきわめて現代的な疑問に満ちた問題の書である。

人それぞれのグレン.グールド

「グレン・グールドは語る」グレン・グールド、ジョナサン・スコット宮沢淳一訳、ちくま学芸文庫、2010年第一刷

閑話休題である。懐かしいグレングールド

グレン・グールドは私が学生時代の時に聴いていたピアニストである。たぶん人それぞれの愛着と彼と出会った時の衝撃を抱いていると思う。この70過ぎのいい年になってから彼を思うということは、まだまだ、彼の音楽が我々の中に生き生きと生きていて何かしらのインスピレーションを与えてくれるのだろう。

とくに彼のバッハのシリーズは普通の中世のバッハではない。現代のバッハという感じである。ピアノのバッハである。今なお新鮮な感じを与える。また彼がバッハをひくとき少し音量を大きくするとわかるが歌っている。彼の声がある程度聞き取れる。それが録音されている。確かにパブロ・カザルスのホワイトハウスでケネディの前で弾いた「白鳥の歌」のように聞こえないでもない。これも物議をかもした一つだった。またこの本にも出ているが、彼の椅子が異様に低い上いつもそれを持ち歩いて演奏しているという。(こだわりの椅子である。床に座ったかのようであると評論家が言う)また彼が32歳で公開演奏をやめてスタジオでの録音音楽家となったことも何か神秘めいていた。こういうことから醸し出されるのは人間嫌い、人と話すのもいやだというような、また人前に立つとぶるぶる震えがくるようなタイプかのようである。

しかし、そういう印象はこの本を読むと拭い去られてしまう。

ここではインタビュアーがいいのか、快活にしゃべっている。むしろ冗談好きな人間のようにも見受けられる。

この本を読んで私の長年のもやもやとしたこのグレン・グールドに関しての感情が今回基本的に理解できてすっきりとした。

1,なぜ、公開演奏から引退したのか、これは録音の時代であると彼が認識したからであり、誰もいないところでの演奏のほうが自然である、と考えたからに相違ない。相違ないということはこのインタビューで明確になってはいないがそういう印象を与える。だからその後の録音活動は多彩であり量も多い。録音にすればつぎはぎができる、ということと音を拾うマイクによってミキシングという作業があるが、音の拾い方で演奏されたものの良しあしも決まる、とみなしている。また多重録音といって同じ人物や違う人物でもいいのであるが、同時に録音するのではなくて上乗せしていくような録音技術である。そういうものも駆使できる録音というものに深く興味を抱いたということだ。今ならもっとデジタル化による大きな変革をも期待できただろう。当時はまだレコードの時代である。4チャンネル、8トラックで演奏もあったらしい。こういう録音に関する彼の実験的な体質が公開演奏からの引退を促したのかもしれない。

2,ジョージ・セルとの逸話

これも今回のこの本を読んではっきりとした。大御所のイギリスの指揮者ジョージ・セル(勲章をもらっている)とひと悶着あったという逸話があって面白おかしく伝わっていた。リハーサルの時、グレン・グールドが椅子の調整をしていて彼の指揮をじゃましたということから、ジョージ・セルは演奏をやめて下りたという話である。大御所の機嫌を損ねて代理の指揮者が交代して振ったということだ。これも実際はなかったようである。椅子の調整はしたがご機嫌斜めにするほどのことはなかったという。しかしジョージ・セルはグレン・グールドの演奏を聴いて彼は変人であるが天才であると言った。

彼の履歴を簡単に振り返ると1932年生まれ(カナダのトロント)14歳でトロント音楽院を修了、国内デビュー、22歳の時に米国デビュー、その後バッハの「ゴールドベルグ変奏曲」でバッハ演奏を一新させた。50歳で脳卒中でなくなる。大変な天才であるが奇癖のあるタイプであった。バッハの演奏もいろいろあって他の人と比べたら段違いなレベルであることに驚くだろう。多くの評論家が彼の演奏について書いている。いまだ彼のような演奏家はいない。

また私はジャズも好きなのであるが特にピアノの演奏が好きである。それはこのグレン・グールドの影響からかもしれない。ジャズピアニストのキース・ジャレットもバッハを演奏している。グレン・グールドの影響かもしれない。(またキースはショスタコビッチの『24プレリュードとフーガ』というバッハを意識して作れられた作品も演奏している)のこのキースのまじめな取組とまじめな演奏には敬服せざるを得ない。この比較も面白いだろう。

なお、この本ではビートルズまで言及している。

バッハからシェーンベルクまで

音楽にそう詳しくはないので彼の音楽理論や用語についてはわからないことも多い。しかし彼の演奏を聴きながらこの本を読むと本当に慰められる。今回この本を読んだおかげでハイドンのソナタやシェーンベルくのピアノのCDを聴けたのもありがたかった。シェーンベルクといえば難解な現代音楽という印象があるかもしれないが、ピアノはそんなにむつかしくもない。バッハしか知らなかったのであるが多様な作品があり今では結構安価で手に入る。この本には作品集リストがおさめられている。死後すでに40年ほどたっているが、彼の演奏を飽きるということはない。いつまでも流して聴きたいバッハである。

ついでに、私はオーディオに凝っているわけではないが、最近サンスイ(ドウシシャがサンスイブランドを引き継いでいる。)の真空管アンプのコンボの安いのを購入して改めて聴いている。この真空管アンプの音はソフトで優しい。なおのこと彼の音楽が聴きやすくなった。(グレードはSMC-300BT)

近代日本の科学技術の受容と活用の仕方

山本義隆「近代日本150年ー科学技術総力戦体制の破綻」岩波新書2018年発行

山本義隆という人を知っているだろうか。

東大紛争のころの東大全共闘の代表と奥付けにはある。我々が見ていた東大紛争のころの代表だった。当時は有名な方であった。いつも何本かの自分の科学論文をポケットに入れて大学構内を歩いていたというような逸話が今でも思い出される。細かいことはわからないが原子物理学専攻だったように思う。現在駿台予備校講師とある。

内容

この方の書かれた日本近代史であり科学技術を中心とした歴史である。

この本の問題意識としては、①科学、技術というものがどのように近代日本では受容されてきたのか、②明治以来の戦争、第二次世界大戦までの戦争によってどのように科学、技術が利用され、どのような方向へ進んで行ったのか。

③最後には福島原発の問題まで来て、これを批判的に考える。

この流れの中で、明治から福島原発の失敗までの歴史を科学、技術的に総括するとすれば、日本は150年間、戦争と総力戦への利用という方向で使ってきた、その結果が福島の失敗であったといっている。

ある意味自身研究者としての自己批判的な内容があるといえるだろう。

著者は他にもたくさん科学、技術史を書いている。特にみすずから出た「磁力と重力の発見」は有名である。また原発についてもいろいろと書いている。

どう読めるか

私の場合、科学、技術史というとすぐ敬遠したくなるほうである。またこむつかしい議論で幻惑されるのかと思うと途中で投げだすだろう。

しかしこの本は岩波新書であり小型である。また山本義隆という人が科学、技術を批判的にみる、という新しい視点がありそうである。またこの方は在野である。予備校講師だ。東大紛争の時にやめていなければ東大やほかの大学の教授にはなっていてノーベル賞候補にでもなったかも知れない。今では大学にいないということの制約はあるのかもしれないし、逆にそれがゆえに新しい発見があるのかもしれない。ある本のあとがきには神田の古本屋を歩き回って中世の本を探したり、今でもWINDOWS3.1ででテキストエディターWZエディターを使っていると書いてある。本は国会図書館、都立中央図書館などを使っており、研究集団とは没交渉だと。このような発言からすれば、生活も苦労しているのかと思ってみたりした。しかしこの在野にあるということから非常に期待して読み始める。

ただし、最初に書いてある「総力戦」という使い古された文字は気になっていた。

内容は技術史、科学史的にみると日本の150年は何であったか?を批判的にとらえる問題意識の書である。

最後の戦後の原発開発のところが重要テーマである。

ここに来るまでの長い戦争と総力戦のための科学、技術の利用という歴史がある。ただしこの明治から第2次大戦までの歴史に関してはその通りとは思うがあまり新味はない内容となっている、といったら叱られるかもしれないが、資料的には2次資料が多く勉強としてはいいが本当にそこに問題があったのか、という根本的理解ができない。

下敷きとして、山之内靖「総力戦体制」ちくま学芸文庫2015があるのか引用文献には載っている。また総力戦、戦時動員体制を導いた知識人を批判した中野敏男「大塚久雄と丸山真男ー動員、主体、戦争責任」などがあるような感じもする。

総力戦

総力戦批判論というのは、案外古くて山之内靖が1970年代辺りにはそういう論文も出ていた。また最近でも多くの経済学者が戦時体制が残っている経産省というようなことを言われる。つまり第二次世界大戦のころの戦時総力戦体制が今なお官庁関係には寝強く残っているということを言っているのであるが、システムがあっても主体となる人物が変われば変わってしまうだろうという問題意識はほとんどの人にはなく、最近の震災や災害現場にボランティアに行くのも総力戦大戦の大衆動員と同じだとか、たぶんそういう学者はオリンピックについてもそういうことを言うだろう、とは思うが、総力戦だからというだけでは批判にならない、と私は思う。各国でも同様だったのでイギリスやフランスの総力戦は良くて日本はだめなのか、そういう意味では普遍性のない議論、根本的な問題を摘出できないように思う。

総力戦という一言で日本の科学、技術を取り扱った内容であるが、実際のところ違う方向はなかったのか、そうではない科学の方向の芽ははなかったかというような多様な視点がないとこれだけでは歴史を批判しているようで誰も批判していないような気にもなる。マルクス主義にも同様なことがあって、学者である帝大の先生たちは、この本にも書かれていいるが国民社会主義になびいてしまった。多くの学者がそうであったが、しかしそうでない学者も一部にはいたのであり、帝大を辞職したりやめさせられたりされた教授もいた。科学者にもそういうことがなかったのか。疑問とするところであり、今後の日本を考える上ではそういう方たちの考え方などが非常に重要となってくるだろう。

終わりに

内容的にはいちいちがもっともであるが、歴史の本としてはなんとなく片手落ちのような気がするのは私だけであろうか。

そんなことを言ったら身もふたもないのである。せっかくこういう我々が読めるような本が出たのである。文句を言う前にじっくりと読むべきだろう。また科学、技術の歴史の問題というのは非常に重要である。科学、技術者の系列、また技術の系列などがないと新しい発見や技術の改良、応用などができない。そういう系列の存在も重要だろう。そういうことには目を開かせてくれる。また明治以来多くの最新機械を欧米から輸入してきた日本であるがそれを使いこなしメンテナンスができる職人的な技術屋が日本にはすでに何人もいたことも記されている。このことは非常に重要である。我々も会社の仕事である種の機械を買うことになったときメンテナンスをどこがやるのか、何年やってくれるのか、そういうことが重要問題でもあった。彼の描く落穂ひろいのようにこぼれているはしはしの技術屋らしい言葉が面白いし、そういうことが新鮮で日本の希望でもある。

やはり、ついでにみすず書房の「磁力と重力の発見は」は読むべき本と思う。苦労して書いたことが偲ばれる本である。

ロックを読んでみよう、政治を考える鍵がある。

ジョン.ロック「統治二論」(1713年第三版)加藤節訳 岩波文庫 2010年発行 総ページ619プラスα

初めに

結構長い本である。(読むのに約一か月かかってしまった。)まず統治二論という事から論が二つある。まず初めには、王権神授説への批判的内容である。その次には、いわゆる社会契約論といわれているロックの核心部分が書かれている。中央公論社の世界の名著シリーズの「ロック、ヒューム」の巻では(第27巻)統治論とあり、彼の社会契約論である後半部分だけが訳されている。前半も過去には訳されている。(2冊出ている)しかし入手しやすい、読みやすい形で前半が出たのはたぶん初めてではないか。

統治二論、ー前編では、サー、ロバート・フィルマーおよびその追随者たちの誤った諸原理と論拠とが摘発され、打倒される。後編は、政治的統治の真の起源と範囲と目的とに関する一論稿である。ー

という但し書きがある。

この本の非常に現代的な意義を感じる

この本をどう読むか、なぜ今読むか、どういう文脈で読んでいくか、ということをまず考えてみる。日本の政治状況、香港の愛国法、タリバンのカブール制圧、プーチンやベラルーシの独裁政治、中国の共産党一党独裁政治、またそれによる台湾併合問題、北朝鮮、またシリアなどにみられる戦争状態などすべての社会の政治状況をかんがえる基本となりそうだ。

特に後半

特に、後半は非常にわかりやすく社会の成立の構造について語っている。社会契約論という言葉に惑わされず、読んでいくことが必要だ。非常に単純化しわかりやすい。先行する思想がどういうものであったか勉強不足で知らないが、ロックのつかんだ自然状態から社会状態へ移行という問題のとらえ方によって社会が一挙に明晰に理解され始める。この移行は、どういう事情があるのか。自然状態の状況についても彼は自信もって明白に語る。自然状態は自然法が各自を拘束している状況である。この場合は個人の固有の権利、固有権(身体、財産、自由)を保全するために、法律はない、さらにその裁判官もいないがしかし共同の生活をするために守らなければならない法(自然法=誰もがそれに従わざるを得ない法)に従っている状態、これが破られるとすぐに戦争状態となる。弱肉強食状況が生まれる。しかし一般的に各自が均衡(=平和)している状況では自然法が依然として生きている。この状況はある意味非常に不安定でもある。そこで互いに社会に委任代理を置き彼らに立法権、裁判権を与えることにより社会が成立していく。人民の代表者に信託する。代表者は公共善のため=各自の持つ固有権の保全のために活動する。それによって自分も逆に拘束されるが、相手も拘束することによって各自の固有権は保全されるという考え方である。これが一般に言うところの社会契約論である。社会契約論という言葉から入るとそんなことあるかということにもなるが、自然状態の問題から入るからこの委託、同意、信託などという言葉が生きてくる。

社会成立の考え方

ここの社会成立のための考え方が自然状態から社会状態への移行と考えられているところに非常に特徴がある。この自然状態(自然法が支配する状況)という概念と社会状態という概念をうまく対比しながらすべての政治権力について洞察していくのである。社会状態というのは基本的に代理人に合意に基づき委託する、あるいは信託するという行為である。これは現実的には暗黙(黙示的と書かれているが)の承認である。つまり人民がそのことを納得して、同意し、黙認している。特に王権=支配者の権利とその制限という問題は王にも立法の制約があることをはっきりと明示している。そこは天皇とは違う面があるが。最後には革命の権利、抵抗の権利というテーマもあり、この本の最後のほうは特にその種の問題で論争的であり面白い。

この17世紀の終わりから18世紀の初めの時代にこういう考え方が出て来るということ自体がものすごく革命的である。イギリス名誉革命に影響を与えたかどうかは不明であるが、アメリカのイギリスからの独立については実際にこの思想の影響があったそうだ。

振り返って現在の政治状況を見る

ロックはどういう問題意識であったとか、どういう学問をしてきたとか思想史の中での位置づけなどのような学的な探求も必要と思うが、私の関心から言えば、社会成立についての独自な考え方がここには示されているということだ。つまり我々も自ら自然状態と社会状態では何が違ってどういう方法、原理が介在して今のような社会が成立したのかを考えてみるということは非常に重要なのではないか。なにゆえに中国では共産党一党独裁が通用するのか。そういう独裁政権=これは君主制などと似ているともいえるが、立法権はどうなっているのか、選挙はどうなっているのか、中国13億人の社会だからこの独裁は問題ない、とかヨーロッパの思想でまたはアメリカの価値観で割り切ってはいけないなどといわれるが、本当にそうだろうか。そういうことに関しては中国には中国独自の進むべき歴史があるというような考え方で本当にいいのか。ウイグル自治区の強制学習、香港の愛国法はロックの言うところの固有権の侵害ではないのか。この当時の固有権というのはブルジョワジーの特権のような権利であるという批判もあるが、我々も社会成立の基本にさかのぼって今の世界政治を見る必要がある。そういう意味ではロックの考え方は非常に示唆に富んでいる。彼の考え方は革命まで突き進んでいるのだが、マルクスの革命とは全く違って、社会に委託した立法権なり王権というものがその役目を果たさないときは社会状態といえども自然状態に戻った時の状態であるとみなし、革命権も人民は持っているということを語る。これも人民自身の持つ固有権の保存というテーマである。またどういう場合に革命権、抵抗権が認められるのか。こういうことについては最終章に詳しく述べられていて非常に面白いということが言える。(権威についても期間限定である、という考えかた。親の権威については子供が成人したらなくなる。王の権威も社会成立のための固有権保存に寄与できる時にだけ権威があるという発想である。)

追記

前半は神が嘉したもう人物が王となるということだ。天地創造のアダムには最初から神が王としての権利を与えた、というものである。そのことを批判しているのだが非常に微に入り細に入りである。この話がこの本の約半分であるが、たぶん多くの人はこのあたりのテーマは興味ないともいえるだろう。またある本=つまり王権神授説を書いた人物の論理を批判しているもので、その本を読んでいないとある意味わからないともいえる。しかし何を説得するにしても聖書を持ち出さないといけない。こういう場合の聖書は救済の書というより法律のための書ともなってしまう。だからそういう意味では支配者のための書物でしかなくなってくる。

味わい深いアメリカ独立時代のコモンセンス

岩波文庫 「コモン・センス」トーマス・ペイン著、小松春雄訳 昭和28年発行

(原著は1776年フィラデルフィアで出版)

初めに

この本はロックに引き続き古典中の古典とされている本である。しかし今の今まで読んだこともなかった。何が書いてあるのか。世界史の教科書であるとか、アメリカの歴史の本では、あまりにも必ずこのトーマス・ペインの「コモン・センス」はかならずでてくる。どんな本でも出てくるので案外読んだ人も少ないかもしれない。そう思って読んでみた。

ページ数は岩波文庫の小さな活字ではあるが、100ページないくらいだ。解説のほうが長いくらい。

トーマス・ペインという人は学者でもなければ金持ちでも貴族でもない。親父のやっていたコルセット製造業者である。この事業も独り立ちしたとたん失敗したり奥さんがなくなったり、破産の人生も歩んでいる。ある意味インテリでもなく、たぶん純粋な労働者階級でもないのだろう。クエーカー教徒だった。ただしイギリスに来ていたベンジャミン・フランクリンとの出会いがあった。

概略

簡単に言えばイギリスからの独立がそれこそ「コモン・センス」であるということを大胆に主張したものだ。当時の政治的状況ではいろんな選択肢があった。イギリス政府との和解というのが大勢の意見だったようである。何とかアメリカの実情をイギリス国王に理解させて不当な税金や法律は廃止しようという王への請願運動が主流であった。当時は独立という言葉はあまり出なかったようである。それは大逆罪にあたるというのも一つの理由だが、実状的には多くの民衆はイギリスの植民地で臣民であることを尊重していた。またイギリスという祖国、故郷、母国という言葉に代表されるように、イギリスに逆らう、反逆するという発想はあまりなかった。フランクリンも税金問題でイギリスを訪れていた。これも請願の一種だった。しかしこのジョージ三世はこのフランクリンの申し出を否定した。印紙税条例や茶会パーティ事件やその他の虐殺事件が続いたあげくジョージ三世の悪政という言われるものがたくさん出てきた。また当時フランス革命が勃発しそうな時期でもあり、イギリス国内では王の悪政ゆえのロックの思想のリバイバルが起こっていた。(ペインはこの時アメリカへ来いとフランクリンから誘われる。)

そういう中でイギリス人であった彼が、王制の馬鹿らしさ、愚かさをよくよく知っていたがゆえに、いち早くアメリカは和解ではなく、戦争をしてでも独立が必要だ、と発表した。当時彼は新聞の社説を書いていたようだ。この本は50万部売れた。当時のアメリカは300万人くらいしかいなかったということだから文字を読める人が大半読んだ。ものすごい影響だった。

非常に内容が若々しい。独立の気風にあふれ勢いがあった。多くの人を魅了してやまないわかりやすい文章であった。学者のような持って回った表現はない。また視野の広さ、説得力のある言葉で歴史的にも、世界的にもこの独立のために大事な時期を逃せない、とした。

年表を確認してみよう

1764砂糖条例

1765印紙条例

1769英商品不買同盟

1773ボストン茶会事件

1775アメリカ独立戦争

1776独立宣言トマス・ジェファソン起草

(「コモン・センス」はこの独立宣言の前に書かれ大きな影響を与えたという。)

1789初代大統領ジョージ・ワシントン就任

1789フランス大革命起こる

結論的に、この本を読むと次にはどういうことを考えるか

当時のイギリス政府と王を立場を鑑みるに、今の習近平の第2次文化大革命のような、または共産党独裁のような意味を持っているように見える。人権から見ると不当な法律、またさらに香港、台湾への異常な圧力のかけ方などはこのアメリカの独立時の状況と似ている感じもする。臣民であれという要求は共産党の道徳運動、共富政策に似ていなくもないのである。

こういう「コモン・センス」のような古典はいろんな意味に読めるしある意味現代政治を読み解くカギにもなってくるかもしれない

自然の中の生活、驚きだ。

ソーロー作「森の生活―ウォールデンー」神吉三郎訳、岩波文庫

(WALDEN、OR LIFE IN THE WOODS 1854 Henry David Thoreau)

ウォールデンとは地名、有名なウォールデン湖がある。(アメリカ合衆国マサセッツ州コンコードにある。ボストン北西40キロメートルあたり)また現在は多少観光地になっているのか、ソーローの住んでいた森の生活の小屋が再建されている。

1概略

この本は、1845年(アメリカ独立記念日)から2年2か月自分の住んでいたコンコードの南、2.5キロの地点にあるウォールデン湖のほとりで森の生活をしたことについて書いてある。年齢から言えば彼が28歳から30歳にかけてである。アメリカ創世期の古典といわれる本である。(アメリカ創世期という言葉は、現地人を蹴散らしてヨーロッパ諸国から侵略という移民が始まった時期である。)

状況だけ言えば、小さな木造のたぶん一部屋しかない家を自力で作り(今でいうログハウスのようなもの)、(ウォールデンについてはグーグルマップでみるとウォールデン湖、またそのすぐそばにソーローのすんでいた再現された小さな小屋などの写真がある。湖は結構大きい。61エーカー、周囲は1.7マイルというので広さ25万平米、周囲2.7キロ、周囲2.7キロといえば約1時間もあれば歩ける距離ではあるので大きな池といったほうがいいのかもしれない。)そこで何とか自作した豆や芋などを食べて自活した孤独な生活である。しかし、町や村から隔絶しているわけではないので、たった一人きりでだれとも会話もせずに生活していたわけではない。結構な人が訪れたり自分も町に買い出しに行ったりしている。だから孤独な生活だということは紛れもない事実ではあるが、北極のようなところに住んでいたわけではない。人里は案外近いところにある。。その2年の歳月の間に感じた様々なことを書いている。だから孤独を生きるというのとは違っている。最初のほうに書いてあるが、彼自身は2,3週間働けば1年分の生活ができるといっている。だからなぜみんな苦労してそんなに働くのかと。こういう単純な生活をしてみることによって何が得られるのか、何が知りうるのか、なにがかんじられるのかという人生上の重要な発見をしたいということなのかもしれない。また修行僧でもない。

(ついでに)

ヒロシです、ではないが、現在日本ではやっているキャンプ生活の先取りといえなくもない。しかし現在流行のものは、雑誌など見るとわかるが何もかもいろんなものを買わないとキャンプができない。都会生活をキャンプに持ち込むなんてたぶん彼にはない発想だろう。何せ時代が時代で便利なものはない時代だ。アメリカではほとんどのものを自作しないと生きていけない時代だった。のこぎりとかやかん、鍋はあったようである。水は池から汲んできたと書いてある。うまかったらしい。また夏の氷用に春先に切り出して商売をする人たちもいたようだが、運ぶ途中で溶けてしまうとも書いてある。なお溶けやすい氷というのは中に気泡が入っているものらしい。日光中禅寺湖、あるいはその周辺でも同様のことが行われているようだ。

2,この生活の目的

この最初の目的は何だったか、人生を知りたいという欲求であったという。本当の人生を知りたいがゆえにこのウォールデンに来た。2年いたのだが、何かこの自然を味わいつくしたのか、知り尽くしたのかわからないが、彼の所期の目的を完了した、つまり人生とは何かを発見したのかもしれない。それで忽然と都会に戻ったのである。

3,書いてはいないのであるが、この本を読んで感じることがある。

1)彼の周囲はすべて彼の財産であるがごとくである。

まず、我々の目の前に広がる世界は我々の財産であるということである。これは勝手に処分はできないのではあるがみんなの共有の大事な財産である。それは宇宙であれ、この湖であれ、景色であれ、そこの水であれ、たまにやってくる動物であれその動物の生活や世界であれ、みんな財産なのである。この財産を彼は、自分には所有権はないが知り、味わい、見、考え、そして発見し、会話し、歩き、楽しみ、そして生活する。彼はそれが自分の財産のごとく考え、また使用する権利を持っているが如くである。何も所有していないが富める財産家ということである。そういうことから考えると我々の住んでいる町や村の景色や人々も互いの財産であり、私の存在もあなたの財産でありあなたの存在も私の財産である、ということが言えるのである。所有権や処分権はないにしても、互いの存在は互いに財産となっているのである。毎日通っている電車の通勤や駅の混雑もかけがえのない財産なのである。こういう景色、騒音、混雑何もかもが財産である。ウォールデンとは違うがたくさんの人たちと同じ場所で暮らしている、そのこと自体が大きな財産であるように感じられ、大切にしなければならに様な気にさせられる。たぶん書いている本人もそういうことを感じたのではないだろうか。今までそういう観点で町や景色を見たことがなかった。日々のウォーキングの時にはさらに一段と感じられるようになってきた

彼の嫌いなものはたぶん金の使い放題のオリンピック、一位二位を争うようなスポーツに何の意味があるかと、また会食、パーティ、気取った会話、不要な飾り、グルメ的思考、虚飾、着飾ることなどか。賞金の額の大きいスポーツ、イベントみんな嫌いだろう。

2)彼の生活の仕方

彼の知識は大変な博物学者に匹敵するだろう。また彼は測量技師だそうで距離に関しては非常にうるさい。池の深さを測ったり、隣の家や村までの距離とか、池の中の地形の形を探ったり、鳥の飛翔する高さがどのくらいとか、氷の厚みはどの程度とか距離に関しては結構細かい。(フィート、マイル、ロッド、エーカーなどの単位があっちこっちで出てくる)たぶんマルクス描くところのルンペンプロレタリアートよりも一見すればさらに貧しそうな生活をしているのである。しかし彼は貧しくない。金持ちではないが財産がある。彼の周囲にある自然と宇宙は彼にとっては大なる財産である。また生活も計画的であり金銭の計算もできている。孤独な修行僧でもなく計画して生活できる近代人である。(ある部分ロビンソンクルーソーに似ているかもしれない)どんなものでも毒でなければまずいものも食えるとある。料理もできる。小麦の量を図ってパンを作り違う種類の小麦を混ぜておいしいパンを作るなどもできる。これはデューイのプラグマティズム的といえるかもしれない。ここはよきアメリカ的だろう。さらに彼の小屋を作る時のイメージは、「大草原の小さな家」で最初に家を作る場面があるが、ほぼそれと同じ感じであろうことは想像できる。

4,アメリカ創世期の古典としての地位

この本が古典であるゆえんは、われわれに自分の人生を一度振り返ってもっと単純な生活をしてみたらどうかと勧めている。ベンジャミン・フランクリンとは全くの対極にいる人である。(独立志向、個人主義、理想主義は似ているところがある。)何のための金であるか、何のための労働であるか、何のための便利さであるか、そういうことを一度断ち切ったり、振り返ってみて本当に人生で必要なことだけをやったらどうなるのか、という提案である。ものすごくラディカルなところに彼はいる。

5,エマーソンとの出会い

彼自身はいろんな人の世話によりハーバード大学で学んだ。そのハーバードでラルフ・ワルド・エマーソン(思想家、宗教家、哲学者)との運命的な 出会いがあり、死ぬまで関係があった。しかしこのハーバードでの学問というものもその時代の最高の知識を提供しているようだ。かれの引用している古典ギリシャの詩やラテン語の詩など学生時代にそういうものを一通り身に着けてしまうレベルではあった。

このエマーソンとの逸話がある、それは「市民的抵抗」にある。メキシコ戦争と奴隷問題で州政府に税金を払わなかった。そのため監獄に入れられた。エマーソンが見舞いに来てなんでそんなところに入っているのかと聞かれたが、あなたこそ早くここに入りなさいといったというのだ。この逸話は非常に面白いし、ソーローの独立主義、自由主義がはっきり出ていると思われる。

6、最後に

ぜひ一読されたし、である。この本を読んでいて簡単に読了できると思ってスタートしたがなかなか終わらない。案外長い本である。また自然観察の妙については、本人にもある程度の自然科学や博物誌の知識があったと思われる。そういう意味での健康な近代人が人生の意味を知りたいという人間の本質的な要求に贅沢に向き合った著作といえよう。

この種の本は日本には少ないというか似ている本はあるが全く違うだろう。その昔で言えば櫛田孫一の随筆、この方は山歩き専門、かつ哲学者。太田愛人の「辺境の食卓」「羊飼いの食卓」などが多少似ているかもしれない。太田は信州の牧師生活のなかの田舎生活を描いた。その後は思想史に専念している。

アイルランド、ダブリン、ジョイス

「ダブリンの市民」ジョイス作、結城英雄訳、岩波文庫 2004年発行(原著1914年)

この本をなぜ読むのか

高校時代の英語の先生が「ダブリナーズ」という本を読んだら、と言っていた記憶があってずーっと気になっていた。朝の電車の中であったか帰りだったか忘れたけれど、電車の中でそう言われた。僕が大学では英文学の勉強をしたいとかといういい加減な話をしたのかもしれない。夏目漱石が英文学を専攻していたこともあり憧れとしての英文学を大学で勉強したいというようなことを言ったはずだ。夢想だった。そこから50年以上たってやっとこの英文学らしい本を手にしているのである。他に自分に少しでも影響のあって読んだのはT.S.エリオットの詩くらいか。他の詩人も読むには読んだがんなとなく感じることもなく今まで来たというのが実状である。だからそこまで英文学に特に執着もしないできた。それに小説はあまり読んでいない。

このダブリンの市民という題名

やはりダブリンの人々のほうがいいのではないか。市民という訳語にはたぶんほとんど意味はないだろう。市民の事を語っているわけではなく、アイルランドのダブリンにすんでいる人々のことを書いているだけである。ヨーロッパで市民といえば階級を指すのである。

この本の内容

この小説は15編の短編小説からなっている。

それぞれの内容は、読んでもらえればわかるが、ダブリンに住む人々の情景を写真のように切り取ったものだ。ある時期の若い男が友達とこんな話をしたとか、その物語がどんな意味を持っているのかはよくわからないことが多い。それがおもしろいのか、面白くないのかもあまりよくわからない。ダブリンに住んでる人間ならあの付近の事かとか、たぶんこんな感じの若いお兄さんのことだとか、お姉さんのことだとか、そういう人もいたなとかイメージはすぐ出てくるのだろうと思う。ある意味手触り感のある物語である。起承転結風に何か事件が起こってその結果がどうであったかというような話ではない。静かに時間が過ぎていく。登場人物がいろんなことをしゃべり、思う。酒場や事務所やパーティで。しゃべっている。何か結論のようなものがあるわけではなく、しゃべっているうちに話が終わる。ところが劇的な終わりではなく、なんとなく苦いものが心の奥底に沈殿していくような感じである。そして日々が過ぎていく。しかしそこにある種の感情が盛り込まれている。文章の印象は明るい、さわやかな感じだ。しかし書かれていることは悲しい事や今の自分は何なのかと、つぶやいているようなやや暗いことがテーマとなっている。それでどういう結末になったというようなことはほとんどない。いったいどういう小説なのか、という感じもする。

特徴

この小説の特徴といえることがある。それは意識の流れ派とか言われているものと関係するのか。登場人物の主人公と思われる人の考えたり、思ったりすることが非常に長い。状況の説明はごく短い。たくさんの人がしゃべる。その文章の書き方だが、だれだれが『・・・・』と言った、というようにふつうは書くのであるが、だれだれが「…」といったというようなト書きが途中からなくなって誰が言ったか分からないようなしゃべっている言葉が連綿と続く。そういう文章を読んでいるうちに何となく自分もその会話に入っているような感じがしてくる。客観的な説明はなく出てくる人たちについては殆ど読者も既に知ってるかの如くだ。不思議な語り方、仲間内のような会話である。読者もその仲間だ。また突然だれだれが言ったという言葉も復活してくるが、それでもその不思議な感覚はずーっと残っていくのである。

印象

アイルランドの歴史が多分いろんな影を落としているだろうことは、なんとなくわかる。それに何か自分もその場にいるような感じさえするので、面白いといえば面白いのである。

特に酒場の場面の会話などリアルであり私もいればこんな会話に参加しているだろうという臨場感がある。全体的なトーンは乾いていて、明るい感じ、さわやかな感じもある。読後に悪いものは残らない。しかしその明るい、さわやかさの中に悲劇的なものを隠している。だからやはり深いのである。もう少し、ユリシーズやフィネガンウエーク、ある若き芸術家の肖像など読み進めると何かわかってくるのかもしれない。この一冊では何ともしようがないだろう。しかし世界文学に触れたという感覚は残る。

最後に

一番わかりやすいのは、最後の少し長い短編の「死者たち」という題名の物語である。これは冬の夜(アイルランドは島全体が雪だったとある。)楽しいパーティが終わって、皆さんとの帰り際によくある光景であるが、出口でたくさんの人たちと楽しさのあまり異様にはしゃいでいた主人公が、みんなと別れて、奥さんと二人きりになってホテルの部屋に入ってからあることを告白される。その奥さんが告白した内容は彼女がまだ10代のころのある人との悲しい思い出であった。それを主人公である夫は聞かされる。その話を聞いて夫は奥さんにもそういうことがあったのかという深い感慨を抱く。そこでこの物語は終わっている。なぜその告白が出てきたのかは楽しいパーティが終わったころに誰かが弾いていたピアノの曲から突然思い出されてきた事だった。ここの書き方は非常にうまいと言ったら失礼になるが、有頂天になるほどの楽しいことと二人きりになった時の悲しいことが突然対比される。極端なほどで劇的な対比の仕方である。人生の陰影なのか人生の真実なのか、強烈に鮮明に表に出てくる。表面的には隠れていたものが浮かび上がってくる。人生とは何か、自分とは何かという疑問である。彼の世界に沈潜したい感じがする。

日本人の性格を決定した荘園制

伊藤俊一著「荘園ー墾田永年私財法から応仁の乱まで」中公新書 2121年9月初版発行

この本をなぜ読むのか

朝日新聞、2021年11月20日付読書欄にて取り上げられた。清水克行(明治大学教授日本中世史)という方の紹介記事があり、50代以上の男性中心に読まれている様である。4刷4万部。独ソ戦ほどではないが、この地味な本としては売れているほうだろう。

この記事にも書いてあるがこの分野では永原慶二の「荘園」(吉川弘文館)、石母田正「中世的世界の形成」(岩波文庫)、網野義彦「日本社会の歴史」(岩波新書)などの業績があり、彼ら大御所の見解が固定化された常識になっていた。大体、永原、石母田の二人はマルクス主義歴史観である。また米、農民主体歴史観だ。その後の網野はそれを批判して出てきた。特に石母田については厳しい批判をしている。かつてはマルクスとの関係で奴隷制、封建制という論争の多い分野だったが最近ではあまり人気のある分野ではないそうである。学者間での人気なのか読者市場が少ないのかわからないが。またよく日本の封建制という言葉が西欧から来た封建制と同じであるという理解が以前から長い間あった。しかしこれは似て非なるものだという見解が現在では出てきている。これもマルクス主義の歴史一直線的理解のたまものであるが、現在この見解は崩れてきている。ということで、ある意味地味な、しかし重要な日本の構造を知るために欠かせない分野で良書が出たというので早速読んでみた。

読後

荘園というのは、国の税金的に相当優遇された特殊的、特恵的な私有農地を中心とした領域ということである。荘園の歴史とは簡単に言えば、この優遇される領域を誰が実質的に支配するのかといった、この支配権の交代、移動、構成の移り変わりの歴史である。荘園の土台となる農地での農民は米を作るという一事で何百年も変わらない労働をしている。その上にいる上位の支配権が変化していく。

確かに今までの荘園観とは違うだろう。まずマルクス主義的な奴隷制という見方はほとんどなくむしろ、最初の班田収授などは良かったと思われる節がある。(この本の終章、荘園とは何であったかに明らかにされている。)また荘園の果たした役割も悪いことばかりではなかった。著者の一番の荘園の功績は里山をのこしたことだという。(持続可能な経済圏)

当初の口分田は一人一人に田圃を与えてそこから3から10パーセントの年貢を納めるとあるので、江戸時代に生かさぬよう殺さぬようというのとはだいぶ趣は違うようだ。また初期荘園になると自分の所有している口分田プラス荘園の仕事がありこれも実際には実入りのいい仕事だとある。

しかしこれを読んで荘園制そのものを分かりうるかというと相当分からなくなるのではないだろうか。新聞の書評でも初学者にはむつかしいとある。分かったようなわからなかったようなというより、荘園制というのはむしろわかりにくく簡単な構造としてとらえられないということでもある。支配層から出るいろんな令がどんどん変わっていくその変化と実態は同じなのかどうかもよくわからない。何度か読めば頭に入るようなものかもしれない。特に中世史の専門用語を理解していく必要がある。

また天候の変化が一年ごとに分かるようになっているようで、その科学の成果も生かしながら論じられている。(中塚武、年輪酸素同位体比の研究による降水量の変動)また途中途中で義経の話や北条政子の話などが織り込まれていて歴史物語としても面白いとも思える。

また最後に農民の姿が描かれている。これも重要だろう。特に飢饉、飢餓の多い中世時代の農村は、そういう困難な状況にありながら年貢の減免要求などや二毛作、二期作などの工夫をし、そのことによって次第に自立してきている。農業経営、互助会の仕組みなど惣村内部での結束や農業技術の蓄積などから、上位の権力者と争う場面もあり、そのことによって自立化の兆しが出て来る。

問題

私の問題意識と残された問題としては、やはりこの荘園の時代は長かった。約750年続いていたのである。この時代の人の思想がどういうものであったか、荘園制とは天皇を頂点として多層的な支配関係である。何重にも農民が生産したものを少しづつ盗むように取り上げていく仕組みだ。こういうものが日本人の性格を決定的に決めたのではないかという気がしてならない。

大手商社が2次店、3次店という系列を作り、下手をすると4次店などといって消費者に届くまでに何軒もの会社が介在して口銭をとる商売というものが一般的にあるが、こういうのはこの時代の面影を残しているのかもしれない。それに「結構」という言葉がイエス、ノーのどちらもあらわすというような使い方で通用しているのはこの時代に育まれたものかもしれない。これは天皇制的階層性とでも言いうる世界なのかもしれない。

またもう一つ問題がある。それは仏教である。やはり長い間、東大寺を頂点とする仏教は、天皇という支配層のお気に入りの宗教だった。この荘園制でも出てくるが、相当にこの恩恵に浸ってきているということがはっきりする。そういう意味では国家護持宗教としてはいいのであるが本来的宗教としての仏教は鎌倉時代を待つ必要があった。そういう意味では支配層に必要な支配者型宗教として仏教は歴史上成立していた。ヨーロッパのカソリックと同様だ。この点は経済的にも実証されているので興味のある方はその箇所だけでも歴史認識上重要と考えられるだろう。非常に世俗的であることが言える。

ついでに

この時代の用語がある程度新解釈とともに明確に語られているということはわかりやすい。

例えば国司、群司、名、地頭、守護、領域型荘園、寄進型荘園、在地領主、知行国制、最後のほうに出てくる惣村という言葉も明確に書かれている。

最後にもう一つ、律令制にしろこの種の法律は中国から来たものであるが、そういう中国の法律である漢文を逐一翻訳して日本に適用しようとしていた知的官僚層というのはどういう人たちであったか。この本には貴族の官僚養成機関である大学に貴族ではない郡司でも優秀な人たちは入れる(空海はその一例、2年で中退したとある)という記載もあるのでこの辺りはもっと詳しく知りたいところでもある。つまり中国の法律を研究する機関(当然その他の文化的なものも含めて)があったということである。当然ながら日本の朝廷には中国人や今でいう韓国人もいたし、北方民族の関係者もいたとする著作もある  。

クリスマスの日にブレイクを読む

対訳ブレイク詩集イギリス詩人選(4)松島正一編訳、岩波文庫2004年

今回は詩人のブレイクを取り上げる。(1757-1827)

一通り伝記風のものも読んだが、なんとなく風変りの人である。

彼は銅版画家

しかし近年非常に注目されているということで気にはしていたが、とっつきにくい雰囲気を漂わせている。彼の銅版画の画像を見るとわかるが、顔が異様に大きい足も同様である。グロテスクである。少し気持ち悪い。しかしこれらはある意味挿絵だと考えれば納得いくものではある。普通の絵ではなく本に文章上の理解を助けるために書かれた挿絵である。だから勢いデザイン的になるのだろうと考えてもおかしくはない。またこの詩人であるブレイクは基本的には銅版画家だ。生前は詩人としての名声はない。彼の職業は基本的にはこの銅版画家としてキャリアである。(1990年開催の国立西洋美術館で開催されたウイリアムブレイク展の時に発行された『ウイリアム・ブレイク』という厚手の本はこの銅版画にブレイク特有の彩色した絵をかなりの数を写真化しておりその美しさは本当にこっちのほうでの芸術家であることを証明している。日経新聞社刊))

かなり異端的宗教に近かったか

伝記を読むとスエーデンボルヒの宗教などをかじったようでやや異端風なところが垣間見られる。しかし彼の銅版画の素材は、ミルトン失楽園、聖書ヨブ記などであるから基本的にはキリスト教徒と言っておかしくない。

「虎」、「ロンドン」という有名な詩について

かれの詩の解釈はいろいろあるが、今回これを取り上げるきっかけとなったのはなんとなく読めるのではないかという気がしたからである。突然これは理解可能ではないかと思った。特に有名な「虎」については理解できる、と思った。そういう気持ちになったというだけだ。深い解釈があるわけではない。凡人でもこの有名な詩を感じることができる、ということだ。

いろんな研究があり研究本だけで歴史を感じるほどであるが、一編の詩も感じられなくて自分にとっての大詩人なのか、という疑問もあり、一つ二つの詩を感じようということで読み始める。

伝記など読めばわかるが、彼は社会的には非常に批判的であって特にフランス革命によって大きく影響を受けた。さらにそのフランス革命が革命後には反動に後戻りするのを見て人間世界の全体の深刻な問題についても理解し批判的になってきたといってよいだろう。

「虎」

そういう意味で彼の詩は社会批判、人間批判と思って読めば読めないことはない、と強い確信のを持って、超有名な「虎」(岩波版の訳者は表題がTigerではなくてTygerとなっていることに注意を促している)という詩を読んで見る。

最初の4行

虎よ、虎よ、輝き燃える

夜の森の中で

いかなる不滅の手で、あるいは眼が、

汝の恐ろしい均斉を形作りえたのか。

最後の4行

虎よ、虎よ、輝き燃える

夜の森の中で

いかなる不滅の手で、あるいは眼が、

汝の恐ろしい均斉を形作りえたのか。

リフレインとなって終わる。

私の解釈

ここではいかなる不滅の手というのは創造主、神の事だろうと思われる。

虎、というのは獰猛で暴力的なそして強い悪そのものだろう。

神と悪との対立と同居の問題を虎を象徴としてとらえた。悪も神が作ったのだ。この矛盾を感じて書いている。そこには鋭い批判精神と世界への深い感受性が生き生きと現れている。

つまりこの詩は悪というものがどれほどの恐ろしさと逆にどれ程の美しさと魅力を兼ね備えているのか、やはりそれもなぜ神は作ったのか。これはダンテの新曲にも出てくる虎である。この世界が生半可で理解できないしそれがゆえに自分を悩ませる。簡単に割り切ることができない。それゆえにこの世界もまた新鮮な驚きに満ちている。

そこがブレイクの近代的な視点を感じさせるところだ。

彼自身は正統派キリスト教であったかはよくわからないところであるが、キリスト教的な発想はしている。その後のヨブ記の挿絵や、ミルトンの挿絵などはそういうことを想起させるものである。

分かりやすい「ロンドン」という詩

この「虎」のあとに「ロンドン」という詩がある。

これも社会批判的な詩である。

最初の八行

特権ずくめのテムズ川の流れに沿い

特権ずくめの街々を歩き回り

行き来する人の顔に私が認めるものは

虚弱のしるし、苦悩のしるし

あらゆる人のあらゆる叫びに

あらゆる幼な子のあらゆる恐怖の叫びに

あらゆる声にあらゆる呪いに

心を縛る枷のひびきを私は聞く

こういう社会問題的なそして社会批判的な姿勢のある詩が基本的にあり、ある意味わかりやすい。

社会派詩人一辺倒かというとそうではない詩集もある。預言詩等もある。単なる社会派ではない。ちょっと違うようでもある。

一応紹介はここまでである。垣間見た程度で申し訳ないが、これ以上は今後のブレイクとの長い対話が必要だ。後日私の力の及ぶ時に再度取り上げたい。

最後に

この岩波版ブレイク詩集については、専門家にはかなり物足りないだろうが入門編としてはこれで十分感じることもできるだろう。

このブレイク詩集は英文と参照できるので分かりやすいだろうと思う。また選ばれた詩は有名な「無垢と経験の詩」からの採用が多い。

この詩人の全容を知るには相当な研究もありそちらを読むしかない。こういう詩であったのであれば読めるという人もいるだろう。今回は入門的紹介である。この詩人はイギリスの中では異色のほうであろう。ワーズワースなどの自然詩人と比べれば全く違うといってよい。視点が全く違う。T、S エリオットやオーデンに繋がるのか、ミルトンやダンテに近いのか?わかりにくいところに魅力がある。

背教者という思想形成

武田清子著「背教者の系譜」岩波新書、1973

最初に

この本は古いものであるが、今読むとどういう事になるのか。そういう興味もあって読んだ。ただ今では限界があり古いのか、今なお価値ある作品であり続けているのか。(要するに丸山真男とか大塚久雄などの文化的知識人と言われている人たちの華やかなりしころの作品であり、われわれが学生時代に読んでいた本の一つである。)

背教者

背教者というものがなんであるか、という定義。これは、著者にとっては思想的に非常に価値ある背教者のことを指す。つまり教義に収まらないではみ出していく人々によって新たな思想が生まれているのではないかという問題意識だ。代表的な人物として木下順二を取り上げている。ここでいう背教者というのはキリスト教からの背教者であるが、それが日本の中である意味正当派キリスト教の枠に収まらないが故の背教者であることを自覚的に選び取った人のことを指し、かつそれが日本のエートスおよび思想をより豊かにするような思想になりうる可能性があるとしている。

背教者のイメージ

ただし、私見を言わせてもらえれば、現代の背教者とは本当はどういう人がイメージされるだろうか。江戸時代の隠れキリシタンの場合とか戦前のマルクス主義者とか何らかの権力による弾圧があって、持っていると社会的に抹殺される思想、信条から離脱するような場合かその種の弾圧がその人を左右して離脱せざるを得ない場合などではないだろうか。つまり背教者であることが政治的に弾圧を逃れたり、逆に以前持っていた思想や信条に反して権力に沿う形で協力したり裏切ったりすることではないかという気もする。現代の背教者というのはそういう政治的なことは一切ない。黙っていれば背教者であるかどうかなどということは一切わからないわけである。だから著者はある意味で広い意味での背教者というものを設定している。そういう政治的な場合だけを意味はしていない。

その中でほぼ最初の半分はこの定義なり例外なりの説明に終始している。最後の半分は木下順二という劇作家、戯曲家の非常に特異な考え方について書いてあり、ある意味彼に関しての評論であるかのようだ。

木下順二のどこに意味あるのか

木下順二の戯曲の特性や考え方はいろんなところに出てくるのでそういう対談やエッセイなどから読み取っていく。

木下の戯曲の特性とは、原罪意識ということである。これはキリスト教的であり、超越したものを見ている思想だということだ。また自己否定というキー概念が彼の持っている思想である。日本人の持った原罪は沖縄、朝鮮、中国だという。なぜこれを原罪意識かというと、自分がやったのではないが近代日本に生まれた自分の問題であることを背負わされている、ということだ。自己否定はオイディプス王の悲劇にあるように、自分の目をえぐって初めて今まで見えなかったものが見えるというところに木下は、このギリシャ悲劇を見ている。かつ本人が言うには戯曲というものはこの上を見る目と自己否定がなければ成立しないものだという。また対照的に近松門左衛門や、現代の秋元松代との比較であらわになるのであるが、近松や秋元は堕落の底に落ちていくことに快感さえ覚えるような世界にいる。それを是としてしまう立場である。そこには自己否定や原罪意識のかけらもない。否定はなくあるのは自然性であり、解決不能な絶望感である。その虚無の中に漂うことに人間の悲惨さと恐れを感じている。そこには人間の全くの方向転換による革新的な生活や思想を生み出せない、自然性をそのまま認める世界である。M.WEBERが言った魔術の園に遊んでいる。いまだに。

というような、著者の見解の中で、私自身木下順二の作品も秋元松代の本も読んだことはない。そういう意味では最低でも木下の本は読んでみたい気になった。課題が増えていくが、大事なことだろう。

近代思想の多様性

ほとんど前半部分を省略したが、ここに出てくる人の名前、ガンジー、マルチン・ルーサー・キング、ラインホールド・ニーバー、チャンドラボース、ネルー、ボンヘッファー、ティリッヒ、ハーヴィー・コックス、チェコのロマドカ、幸徳秋水、木下尚江、荒畑寒村、内村鑑三、矢内原忠雄、賀川豊彦、有島武郎、高畠基之、宮崎滔天、相馬黒光、柳宗悦、などなど。キリスト教正統派である人のほかにキリスト教の影響を受けてキリスト教の枠外に出ていった人々などが近代日本には数多く見いだされ、それぞれが興味深い。

戦前から戦後にかけて思想的苦闘の中で新しい思想を構築していった。それそれの位置づけに関しては簡単な説明があり、近代思想史のような観を見せている。

しかし彼らの個人個人の内面においてキリスト教、マルクス主義、天皇制との葛藤の中で新しい方向が生まれてきた。その内面の思想的な苦闘というものが多様な形であらわれている。そういうことから貴重な思想的な財産というものが近代日本にあるのだということを知ることになる。この本の別の面での重要なところではないだろうか。(現代の多様性という考え方をすれば、転向だから駄目だとか、マルクス主義だから、キリスト教だからという、あるいはその亜流だからとかそういうレッテルで判断しないほうがいい、という考え方が出てくるだろう。)

最後に

こうして読んでいくと本書のテーマは、背教者の問題ではなくて、抵抗者の問題ともいえる。現代の香港、中国というようなまたロシア、北朝鮮などの国々の抱えている問題における抵抗の思想の問題ともいえる。長い間かけて来た抵抗の思想と実践が、ガンジーから始まり黒人解放にも影響を与えた思想が、ここにきて頓挫し始めている。