エルドアンのトルコの選択

「エルドアンのトルコ」ー米中覇権戦争の狭間、中東では何が起こっているのか、松富かおり著、中央公論社、2019,7月発行

この本はトルコを一応は中心としたケーススタディをしながら世界の問題を扱った本といえよう。簡単に言えば、米中覇権戦争、あるいは新冷戦といわれる今の状態の中でトルコは政治的にどういう動きをしようとしているのか、ということが書かれている。

最近の新聞で概略を知ることができる

日経新聞は3月23日の朝刊で「リラ急落」「トルコショック再来懸念」の大見出しでトルコの問題点を簡単に説明している。リラ急落は中銀総裁更迭によって、引き起こされた。インフレ抑制のため金利引き締め策を継続していたが大衆の支持を得られないとして、中銀総裁を更迭新任のカブオジェール氏は金融緩和策論者である故また再びインフレによるリラ下落が起こるのではないかと不安からリラ売りが始まる。この影響はどの程度かはまだ予測不能であるが新聞では限定的と書かれていた。いずれにせよ経済的に行き詰まっている。またNATO加盟の同盟国であるがロシア製地対空ミサイルを買う、また人権問題でもアメリカバイデン大統領が問題視しており、大統領就任後も電話会談すらできない状況であるという。不支持率も最近では大きくなっており、相変わらずの人気取り政治もうまくいかないようである。

なぜトルコか

上述したように非常に地政学的には重要なところにいるにもかかわらず、その政治方針たるや行ったり来たりであり、多くは非常に矛盾していることが多い。トルコは一帯一路構想にも乗り、中国との関係をよくしようという動きがある一方、NATO、EUに所属するという政治志向がある。とくにトルコの家電製品はほとんどがヨーロッパ向けである、という。特に商社の方からそういう話を聞いたことがあるのでトルコという国の実情というものをよく知ろうと思った。しかしその後、トルコでサウジカショジ記者殺害事件をいち早く首謀者はサウジ関係者であると国際的に表明した、とか最近ではDVのイスタンブール条約の加盟国脱退(21,03,23日経新聞朝刊)というとんでもないことをする国でもあり、IS問題では彼らに原油を売っていたという事実、それも大統領の息子が絡んでいたとか、つまり日本と親しいトルコであるなどといういい加減な知識ではトルコをある程度理解したとは言えないだろうと思っていた。

内容について

1,エルドアン大統領の政治手法について書かれているということだ。つまりポピュリズムという政治手法というものもいろいろある。この本の最初は、偽装、軍事クーデタ、クーデタ未遂事件である。2016年に起こったクーデタは実際誰がやったかは全くわからないまま終了、最期にはエルドアンが出てきて軍事クーデタに勝利したという宣言をして人気を回復していた。

今にして思えばポピュリズムの最たるものだった。この後に政治的粛清が始まり公務員の何万人という人たちが退職させられたり、逮捕されたりしている。また、宿敵かギレン氏というある意味の思想家、教育者がトルコで非常に影響力を持っている。法の支配、正義をまともに追求しようという考え方であるが、この人が関与した学校をほとんど閉鎖した。また公務員の中にもそのギュレン氏(ギュレンムーブメント;イスラムの世俗化、政教分離主義、当初はエルドアンも影響を受けていたが、最後には決別、対抗していく)の影響を受けたと思われる人たちは逮捕、職場追放の憂き目にあっている。

2,次には米中の覇権戦争、新冷戦状況にロシア、シリアの紛争,IS問題、またイスラムのシーア派スンニ派の争い、イランの経済制裁問題などが絡んで、どういう立場をトルコは取るべきなのか、という非常ににむつかしい選択を政治的脈絡なく行っていく経路が語られる。先に書いたように中国に付くかと思えば、ロシアとは戦闘機撃墜事件で争いつつ、最後は謝罪し、手を結んだり、NATO所属の同盟国でありながらロシアの武器を買ったりして西側諸国から非常に不安視される行動を取っている。また核問題で経済制裁を受けているイランとは非常に親交があり石油はある程度買ったりしてる。これも西側から問題視される点である。

一貫した政治的な思想があるのかというと簡単な分析ではよくわからないのではないかと思う。しかし如何にポピュリズムでも日替わり政治というわけにはいかないとは思う。しかし背後にいる保守的イスラムの支持基盤が大きく左右しているのだろうと思われるがそのあたりの背後についてはほとんど書かれていない。何となく悪者権力者エルドアンといった感じではある。

最後に

この本はトルコを中心とした政治情勢の変化を細かく書いているが、著者が言いたいのはどうも米中の覇権戦争、新冷戦という二つの国の対抗の中にあって中堅の国々の取る政治的立場というのは非常にむつかしい、ということだろう。(ニューノーマル状況と書かれている。)またロシアというプーチンの準大国の存在感、その横やりやイスラムの思想的問題、民族問題が重なってトルコの政治的選択が複雑化する一方のように見える。

この問題は、アメリカ大統領がバイデンに変わってからより鮮明になってきていると考えられる。3月18日米中外交のトップ会談がアンカレッジで開催、「米中外交トップいきなりの衝突」(21、03、20朝日新聞朝刊一面)の見出しで激しい言い争いになったことが記事となっておりその後すぐに「欧米中国に一斉制裁」(21,03,24朝日新聞朝刊3面)とあり中国のウイグル自治区の抑圧問題で西側が結束した。「中ロ反発むき出し」と強い見出しとなっている。今後この制裁問題がどのように変化するのか、中国の動きなど目が離せないだろう。

スンニ派シーア派を知る前に

「イスラーム思想史」井筒俊彦、中公文庫1991年発行(原著は1941,1948.1975年に書かれたものを一冊にした。)

なぜこの本を読むのか

アラブ諸国は、スンニ派、シーア派と別れているという。そのことによる政治的対立もある。シリアはシーア派でイランとは親しい。しかしサウジアラビアとは敵対関係である。一応そういう対立のあることは置いて、実際どんな教義の違いがあるのだろうか、という素朴な疑問からこの本をとる。多くの人もこの色分けについて何が違うのかというような疑問を持っているだろうと思うが実際のところ辞書的説明では非常にわかりにくいといえるのではないか。そういう問題意識を持って読み始めるが、実のところその違いについてはほとんど触れていないのである。

本の概略、この書の書かれ方

ムハンマドがコーランを書いてからその死後、このコーランの教義が実際の現実にどう適用していったらよいのかという大衆の疑問に答える形でこのイスラームの思想は形成される。

大よその流れは、1、弁神論(神学)2,神秘主義3,哲学(ギリシャの影響)時期的には7世紀から12世紀くらいまでの時期といえる。

「イスラ-ム思想史」と名づけられているが思想の歴史ではない。イスラームの初期の7世紀から12世紀あたりまでの思想の潮流というものであり、思想が時代ごとに変化していった、というものではない。代表的思想の潮流を追うことによって、イスラームの本当の姿に触れることができるようになっている。

また、読み忘れるところになりそうに最後に付録が付いている。「汝はそれなり」という論文がある。これは著者が学士院の会員になった時に発表された論文でのちに雑誌「思想」に全文が掲載されたものである。また書かれた時期も1941年、48年と別の時期の論文を集めて一書にしたものである。

またこの本を読むとわかることがある。それは著者がイスラーム神秘主義というものを非常に大事にしているということである。この神秘主義によってイスラームの思想は深まり大きく成長していったということを表明している。先ほど触れた付録は、神秘主義の代表者バスターミーの論理、と哲学と彼の神秘体験を事細かく描写している。またこの神秘主義がインド思想と深く関係していることが明かされる。

この本の驚くべき一面

この本の重要な箇所は、6世紀から12世紀のあたりでシリアを中心として、ユダヤ教、キリスト教、そしてギリシャ哲学(アリストテレス)の長い交流の歴史をその背景に持っているということである。そこを中心テーマとして書いているわけではないが、その交流史については非常に興味をそそられるところである。少し垣間見えるのは、キリスト教の医師=知識人がアラビア周辺にたくさんいたようである。彼らはなぜそのように東方にいたのかはわからないが、推測されるとすればローマの弾圧を逃れてきた人たちということも言える。彼らがギリシャ語の哲学や医学書を翻訳して、哲学や医学ををアラビアにもたらす。また、禁欲的キリスト教神秘主義などの集団(グノーシス派なのか?)からの影響もあった。だからこのイスラームとユダヤ教、キリスト教は似ているのである。アラーの神というのは本来は3宗教の同じ神を言っているはずである。また井筒氏特有の点は神秘主義に非常に詳しい。神秘体験ををつまびらかにしている。

本の内容

1)弁神論

神学が形成されるということは、ムハンマドが生きていた時代はすべて彼に相談したり聞けばよかったのであるがいなくなった現実ではそのような考え方を持つべきであるか、コーランは著者は多くの点で矛盾をしているという。そのいろんな矛盾を整合性良く考えて生活していくことが必要なのでこの神学というものが形成されたという。

その神学とは、神は唯一であるとか、目や耳があるとか、能力とは何か、あるいは神の永遠性とは何か、コーランの位置づけなどをめぐっている。多分私の考えだがコーラン自体が、量的には非常に短いものである。あまりに日常生活の多様性については答えてくれない。その理由からこういう神学なるものが出てきたのである。よく言えば日常に一般の人たちが疑問に思うようなことを素材にして論理的に構成されているといったほうがいいかもしれない。しかし神の概念一つとっても反対する人たちはいるし、コーランの位置づけやムハンマドの範例や慣行の位置づけをめぐっても種々雑多な派ができている。さらに言えば色んな派ができやすいともいえる。著者はそれを細かく説明している。

2)神秘主義(スーフィズム)

その次に重要な考え方が出てくるのが神秘主義なのである。これは、神学とともに解釈専門の学者としての法学士がいるが、こういう人が増えてくるにつれて、枯渇した信仰儀式化した信仰という問題が表面化してきて、もう一度生き生きとした信仰を取り戻したいということから神秘主義が生まれたようだ。信仰とは深い個人の体験だとしてそういう体験を目指すようになる。その第一人者がガザーリである。彼らのことをスーフィズムという。来世的、から隠遁的、(これはキリスト教修道者の影響があるという)そして難行苦行の末に神に出会う。忘我、法悦の境地になるなどの修行のそれぞれの段階があり、究極的には自己に死に神に生きる、というところまで達成することを目標とする。

ここで二つの派に分かれる。一つは陶酔の境地に生きる人たちの派と神秘主義を個人のものとして、外面的には社会との調和の中に生きる派とが分かれる。

著者によればこうして遠き神が近き神になる、という。そういう考え方そのものがイスラームという宗教により生き生きとした力と深みを与えてきた、といわれている。

付録にある、「汝はそれなり」、という表題の論文はバスターミーという著名なイスラーム神秘家の具体的な神秘体験とその思想がインドの思想の影響を受けていたということを証明している。また彼の壮絶な神秘体験は非常に興味深い。そして考えさせられる。これこそイスラームを知るためのきっかけになるかもしれない。解説者はこの論文は非常に重要だとしている。確かに。

3)哲学

その後に続くのは、ギリシャ哲学からの影響による、神秘主義を克服していこうという潮流である。この思想は最後は哲学があればイスラムはいらないというところまで来るのである。細かいことは本文を読んでいただくことにするが、ギリシャ哲学のアリストテレスの影響というものが、シリアキリスト教、ネストリウス派のキリスト教などの知識人=医者によってギリシャ語からの翻訳がたくさん出てきた。このことによって論理的であることがアラビア人にとっても必要になってきた。ここに、ヨーロッパ思想界にも影響を与えるような人たちが出てきたのである。ここでもたくさんの宗派ができた。

スンニ派とシーア派

もう一度スンニ派とシーア派の問題へ話を移すとイスラームはあまりにもたくさんの宗派ができすぎているのである。だから大きく分けてこのスンニ派とシーア派という分類はある意味敵か味方をはっきりさせることができるものといえる。

また、ムハンマドの死後、コーランとムハンマドの範例と慣行だけでイスラームの体系的神学を作るのはなかなかむつかしい時に、基本的に誰の教えが正しいのかまたはだれに正しい教えを聞くべきかという後継の正当性の問題が発生したのであるが、その正当性についてムハンマドの娘の夫アリーが正当性(カリフとなる)の根拠となったのがシーア派なのである。(シーア・アリー、アリーに従え)しかしこれには反対派がたくさんいてすぐ彼は暗殺されウマイア朝が成立する。一方スンニ派は世襲の後継者は必要がなく、ムハンマドのコーランと範例と慣行(スンナ)およびキャース(言葉の意味を類推し解釈する)とイジュマー(多数の法学者の一致に従う)というのが基本の考え方である。これがスンニ派の宗教法学だ。ある意味合理的であって従いやすい考え方であるように見える。このスンニ派が人口比では圧倒的に多い。90パーセントといわれている。

宗派がたくさんあるのはなぜか

要するにこのイスラームというのは宗派がやたらに多い。そこが特徴といわれるくらいだ。なぜそうなるかというのはムハンマドのコーランがある意味整合性が取れていなくて矛盾も多いことからくるのではないだろうか。また、キリスト教、ユダヤ教、ギリシャ哲学などの影響、さらに言えばインドの思想などの影響が無視できないレベルにあるだろう。これは彼らの地域が東西の交流点であり、商業がそういう意味で発達していたので思想、文化も駱駝とともにやってきたのである。そういう影響のもとコーランやムハンマドの現行、範例などを解釈する必要から考え方が種々変わってくるのでどうしても多くなる。またどちらの派にせよ法学士という解釈者が権威を持っているので、考え方としては大衆は従わざるを得ない。また著者によれば、歴史の中で多くの外からの思想的、文化的挑戦を受けてきて多様にかつ大きく、深くイスラームが成長してきた、という。

最後に

この本は最初はスンニ派やシーア派について知りたいと思って読み始めてみたが、そういう宗派についてはもちろんであるがイスラームの考え方の特性が浮かび上がって理解されるような感じがする。そのことによって国際政治のわからなかった部分にも少しは自分なりの見方ができるかもしれない。

特にこの井筒氏は国際的にもイスラーム学の大家であり、日本にこういう人がいたということはありがたいというしかない。日本語でこういう一級のレベルの本が読めるという幸せを味わいたい。あとがきには30以上の古典語と近代語をマスターしているという。また問題意識は彼の幼少の頃の修行から来てるようだ。そのことによる自分の実存の問題関心から古今東西の宗教的事象に主体的取り組んだようである。ある意味実践者が自分の修行のために学んできたことと言えるのかもしれない。だからこそ、イスラーム神秘主義には非常に詳しいし温かいまなざしが向けられている。

敗戦国日本の精神

ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」下、岩波書店、2001年発行、2002年までに11刷

この本はジョン・ダワーという日本研究の歴史、政治学者の人の手になる。彼は1938年生まれというから現在83歳マサチュセッツ工科大学教授と奥付には書いてある。彼は日本の翻訳の中では「吉田茂とその時代」(上、下)TBSブリタニカや「転換期の日本へ」共著、NHK出版、「忘却の仕方、記憶の仕方」岩波書店、「アメリカ暴力の世紀ー第二次大戦以降の戦争とテロ」同出版社などがある。これらの翻訳の中では一番読みやすい本ではないか。

一応下巻だけについて書く

この本の内容は奥が深く種々の問題をテーマにしているように見える。現代につながる政治状況、憲法問題、また、責任問題=これは上官の命令はどんな悪でも従わなければならないのかという問である。個人が主体的に選び取る倫理観が問題になる状況で西欧の連合国は上司の命令があったとしても実行者を許さないという観点での法的制裁を科した。これはナチスの時のイスラエルでのアイヒマン裁判でハンナ、アーレントが批判した内容と同様である。日本人の多くが各戦地で戦争裁判行われたが、自分は上官に騙されたという手紙を家族宛てに書いている例が多いようである。この個人の主体性の問題は戦後の政治過程でずーっと通奏低音のように聞こえてくるテーマでありこの本ではそのことを意図して書いてはいないが浮かびあがってくる重苦しい問題である。今でも上司に面と向かって反論できるサラリーマンはいるのだろうかとつまらない疑問も出てくる。特に社長にはどうかなど。

内容は、憲法制定問題、天皇の責任をどうするか、東京裁判(極東裁判)の問題、戦後の日本人の一億総ざんげ問題、などについて書かれている。

やはり一番の急所は、憲法制定問題であろう。全体として日米双方の感情に対しては非常に中立的な感じがして好感が持てる。また歴史観も公平であろうと努めているようにも見えて説得力がある。非常に良い本である、と思う。ある意味結論なき歴史という怪物に対してどのようにアプローチするかは非常にむつかしい。最初から観点や善悪が決まっているような固定的な作品ではない。非常に考えぬかれて書かれている。日本への見方は非常に丁寧だ。微に入り細に入り細かく。一般的には外国人の書いたものには紋切型が多い、日本人が書いたものには軍国主義批判的なものが多く浅薄な教条主義的であったり公式マルクス主義的なものが多い。私がうっすらと感じる著者の方法論は支配者の政治的決断の側と大衆の動向とその影響を丹念に見ながら、相互の影響やぶつかり合いを掬い取っている。大衆の動きに政治的支配者も敏感であり両者のパワーをうまく扱っている。

問題

戦後の日本の政治過程からどんなことが問題として残され今なお議論されることになるのか。ある意味日本に残された宿題としての問題が検討されている。

憲法問題

この本を読むと日本の憲法論議もむなしいとしか見えない。マッカーサーが日本の天皇と会い、この日本に天皇がいなければ駐留米軍のいなくなった後は大変な混乱をもたらすだろう、という彼の直感と政治的判断および当時のパワーポリティックスの歴史状況の流れの変化、つまり冷戦が始まろうとしていた時代状況がこの憲法を作らせたのである。

はっきり言えることは、米国の政治的価値を優先したため連合軍の極東委員会(ソビエトや中国も入っている。またオランダやイギリス、フランス)が設立する前にある意味左翼的でもあるくらいの民主的憲法を作成しておく必要があった。というのもほかの連合国は天皇には戦争責任があるとして日本の保守主義者、支配的地位にある政治家にとっては非常に厳しい状況が生まれつつあった。ところが日本側の憲法案作成者はこの時代状況を全く理解していなかった。そのために明治の帝国憲法の修正案を出してある意味お茶を濁した。一番政治状況を把握していたマッカーサーはこの修正案では天皇は生き残れないとして,GHQ内部で草案つくりを始めた。この草案はある意味非常に進歩的であった。またそういう人たちが集まっていた。(ただし専門家ではなかった。日本の憲法専門家は彼らを馬鹿にしていた。)

中身はともかく結論的に言えば、天皇を傀儡として生き残らせることによって日本国憲法は成立したのである。そのことによって吉田茂などの戦後の政治家、政治的保守層は安堵し、納得したのである。これしかないと。わたくしがみるにこれは二重の意味での問題があった。一つは天皇は米国に従う傀儡になった。この本には傀儡という言葉は使われていない。しかし傀儡としか言いようのない変換が起こったのである。米国の都合に合わせたのである。天皇は傀儡になるために努力もした。また天皇は皇室内部からの批判もあり自分からも退位しようという気持ちになったことがある。天皇も責任を取ろうとしたのであるが、結局この戦争の責任を取るものがいなくなってしまった。これは米国の徹底した考え方であり、極東裁判を通じて戦犯としての天皇には一切触れてはならなかった。

だから傀儡であることと責任をとることをしない(責任をとれない)ことによって二重の意味での問題を残した。

結果的にみればマッカーサーが日本の天皇を救い、日本を米国のシンパに作り上げた。そして共産主義から守った?のである。そしてその交換条件として世界に前例のないくらいに進歩的平和的憲法が成立した。(非武装の平和主義はパリ条約での前例がある、という。)その後国会での承認に関してはほとんど反対がなかったようである。これは反対票を投じても何ら問題にはされない状況でのことであった。

(その後4年後には朝鮮戦争が勃発して米国は30万人レベルの軍隊を作れと要求してきた。しかし吉田茂の知恵もありそれは回避したのである。)

余談であるが

憲法については一々について英語から日本語、日本語から英語の言いかえが必要であった。その時に日本側はいろんな言葉の抵抗を試みたようである。人々PEOPLEという言葉を国民のという言葉に置き換えた。これについては米国側がほとんど気が付かなかったということである。これがゆえに日本国民だけを相手とした憲法となったのである。朝鮮や台湾の人々は国民に入ってこないのである。

また9条についても日本側のレトリックがあった。どうとも読めるようにしてあるのだ。今でも論争の種になっている問題がこの時に起こったのである。この9条の文章が非常に問題を残した。しかし文字面だけを検討する専門家(特に官僚)は別にしてここに盛られた精神は完全なる平和の精神なのである。(法の精神がここでも問題とされるだろう。)そうでなければ通らなかったのであるから。

最後に

この極東裁判から憲法の制定、そのあとの戦犯問題が続くのであるが、これについても著者独自の調査がいろいろとある。しかし、日本人の多くが敗戦をどう受け止め明日の力をどうやって作り出すのかというときには酷な話かもしれないが、自分たちの被害者意識に圧倒されていてアジアで何をしたか、多くの犠牲者に対しての意識は非常に少なかったとしている。特に当時の東大の総長だった南原繁が東大の若き俊秀たちが敗戦によって戻ってくることについて書いた厳粛なる文章があるそうだが、彼でさえアジアの人たち(インドネシア、中国、フィリッピンなどの大量虐殺)についての発言は皆無であったとしている。

もう一つは、言論統制問題である。GHQによる検閲問題、統制問題は非常に多くの問題を残した。これは今ではフェイクニュースなどという言葉がまかり通っているが、なにが真実であるか、何が正しいのかというような基本的なことがますますこのフェイク技術で見通しが悪くなっているといえるだろう。語られていないことは思い浮かばない、しかし語られていることには注意が向けられるというようなことからの隠ぺいやキャンペーンがある。

また白人優位の論理もまたこの戦後の政治過程では問題となったが、現在のワクチン問題もまだその白人優位の論理がまかり通っている。

統計学を使ったウェーバー

「社会科学と因果分析-ウェーバーの方法論から知の現在へ」佐藤俊樹、岩波書店、2019,1月発行

この本は結構むつかしいというか統計学、確率論の知識がないと読めないところも多い。そしてこの本はどういう人向けに書かれたのか、これもちょっとわかりずらい。社会科学を目指す若い人向けの本なのか、社会科学とはこういう科学的手法を使っているのだと説明したいが故のことなのかそれともウェーバーの方法論は現代に通じる社会科学の方法論でこの方法論に関する今までの多くの誤解がウェーバーの書を誤読させてきた、ということなのか、あまり判然としない。ウェーバー理解が本当に間違っていたのだろうか、という疑問が出てくる。

こむつかしい話なので印象論

詳しい説明はむつかしいので簡単にこの本の印象を語ることしかできない。

V.クリースという統計学の学者がウェーバーの10年ほど先輩であり、大学同僚であったころにその学者の統計学をウェーバーは学び、彼の方法論に取り入れた。適合的因果構成、とか彼の方法論使っている術語はほとんどがクリースからの影響であるということのようだ。ウェーバーはご承知のようにエートス、動機理解的方法、価値理解、没価値論、客観性、理念型などという社会学の基本用語を新しく作ったような人である。その方法論の基本的な部分がこのクリースの影響にあったという。それがウェーバーの文化科学論文、といわれるものである(この本が翻訳されているかどうかがこの本のなかを調べたが出てこない、あるいは調べ方がまずいのかもしれないが)が、歴史的には日本はこの論文をあまりウェーバーの方法論上の重要テーマとして扱ってこなかったという。しかし実際の彼の方法論の述語などを分析すればするほど、クリースの統計学的な理解と言葉を多用しているようである。著者は、はっきり言えばそれだけを語っている。そういう見落とされていたクリースの方法論上の影響についての発見があったということだ。同種の研究では向井守の著書があり、ウェーバーの社会科学方法論について多くを語っているらしい。この佐藤の本は彼の業績に負っていると書いてある。

(1903年から1921年にかけて方法論上の著作が出ている、死後、科学論集としてまとめられ広く読まれているようである。が日本のウェーバー研究者は読んでいないということか?)

我々の学生時代には「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の解説では近代資本主義とプロテスタンティズムは親和性があった、とか因果的に選択的関連性があったとか言われていた。この時に言われている因果的という言葉であるがこれが統計学的用語であった、ということである。これは反実仮想の方法をとって、つまりプロテスタンティズムがなければ逆に近代資本主義は生まれなかったのかという問で逆証明が必要な方法で統計学には基本的にあるやり方だそうである。この本では結局ウェーバーはそういう1906年前後の統計学の発生時期にそれでも非常にむつかしい統計学をウェーバーは勉強して現代までに通じる社会科学を打ち立てた、ということである。

統計学が最強の学問である

そこで思い出したのが、「統計学が最強の学問である」西内啓、ダイヤモンド社、2013という本である。中身は読んでないがパラパラと書いてある文字づらを見ていくと確かにさも統計学しか学問の基本になるものはないという事が言えるのではないかという気がしてくる。しかし今まで大学で少しばかり統計学らしき本をかじり、会社では正規分布と分散性という技術屋の言葉を聞きながら来たが統計学というような学問にほとんど興味を持たずに来た。多分これは保険屋などが掛け金を決めたり保険金の受け取り額を決めたりする時には使っているだろうな、というぐらいの推測はつく。または現在のコロナの感染人数から統計学者は何を考えているか知りたいところではある。また統計学は特に社会現象を理解していくうえで非常に重要でありそうだ。選挙結果速報もこの種の方法を取り入れているはずだ。

ウェーバー理解という問題

この本に関してはこれ以上のことは私は言えない。しかし、文化科学方法論を重視してこなかったがゆえにウェーバー本を誤読したか、よく理解していなかったかはわからないが、基本的なところではあまり誤っていないのではないかと思う。実際、そのように著者も言っている。だから結局この本は統計学が最強の学問であるということを言いたいのかもしれない。

第二次大戦の独ソ戦とは何だったか

「独ソ戦ー絶滅戦争の惨禍」大木毅著、岩波新書、2019,7月発行

2020年の2月時点あたりで12万部売れているということで新書大賞を受賞した本である。帯にもそう書いてある。計算すると一億円以上の売上である。新書一冊でこれだけの売り上げがあるということは大変なことだ。現在であれば、さらに増えていると予想される。

何がこの本を読ませているのか、この本自体はかたいことで有名な岩波新書であるから、そう極端なことが書いてあるわけはないので、むしろ、このある意味学問的な手続きを経た研究の成果であるまじめな本がどうしてこんなに読まれているのか、という方に興味がわく。手に取れば簡単に読める本ではないという印象がある。だから口コミなのか現代の置かれている状況なのか、戦争を知らない人たちのまじめな意味での興味なのか、憲法9条問題があるのか。

本屋の間では、戦史が結構人気があって読まれている、ともインターネットでは出ている。。

この本の特徴

この本は、ソビエト崩壊後のゴルバチョフ時代に一次資料が公開されたことによって新しい資料を参照できるようになったことが、この本の一番の特徴であろう。つまりソビエト側の資料で確かめることができた事が今までのナチス悪者論だけの戦史からは大きく離れている。ある意味可能な限りの公平な立場からの独ソ戦争論である。

この本から一番よくわかることは

この独ソ戦を読んで一番分かったことは、ナチズムというものが終局を迎えたのはこの独ソ戦の敗北であった。1945年4月にヒットラーは自殺した。それはこの独ソ戦の敗北がはっきりしたからである。確かに連合軍のとくにアメリカの参加が大きいとはいえ、ソビエトが最後に踏ん張ったことが大きい。しかしその踏ん張りはアメリカの援助である。特に春の泥濘期は戦車が一メートルも泥沼にはまるのである。はっきり言えば地上戦は、どちらも戦いようがない時期となるのである。それを防いだのは、アメリカの全輪駆動車である。これをソビエトに供与した。この自動車部隊がこの泥濘期に非常に活躍できた。

なぜ独ソ戦なのか

ヒットラーナチスは、東方植民を考えていた。それは英米を中心とした民主陣営から全面的輸出入の禁止措置がとられていたのであるから致し方ない面もあった。特にウクライナの原油などはそういう意味では重要な植民地足りうるところであった。そこでドイツは東部総合計画というプランを立てていた。これが東方植民地計画である。この目的は大ドイツ主義を貫徹するためには必要な戦略であった。

戦争の概念

著者は戦争というものを次のように分類している。

1,通常戦争、最後は外交的解決を図るための戦争

2,収奪戦争ー食料、原料など収奪するための植民地化するための戦争

3,世界観戦争、これは人種主義とかそういう当事者の持っている世界観での戦争

(これは絶滅戦争に発展する。)

ナチスの戦争も当初は通常戦争を主としていた。そこから最後は収奪戦争、最後は絶滅戦争まで行きついた。戦争の合理性もなくなり、互いの絶滅を志向する戦争となっていった。

読後感ー兵站の問題、そして悲惨、地獄

素人なりに単純に考えれば、まず大国という懐の深い敵国への長い侵入というのは非常に危ない、ということではないか。兵站の補給路が立たれる。また考え方に無理が出る。どれほど優秀な武器、弾薬、兵器があろうとこの長い兵站は致命的である。日本の中国侵略時の点と線と同じである。ある意味ソビエトは民主陣営と手を組めたことがこの戦争では大きい意味があったのと知悉している得意な自国での戦いであった、という点が重要だろう。またロシア時代に、日露戦争で負けた教訓が残っていて陸軍大学では戦略、戦術の中間に作戦術という概念を用いて戦術と戦術の有効的連携を図るというような軍事思想的にも優れたものを考案していた。

しかし、最後にこの戦史を読むと戦争が如何に国際法違反でしかないということをいやというほど知らされるのである。どちらもどちらである、捕虜虐待、捕虜銃殺、捕虜殺戮、捕虜の強制収容による強制労働、などどちらも飢餓作戦と呼ばれる方法で捕虜を扱った。また捕虜だけではなくて民間人もドイツもソビエトでもどちらも強制的に移住させられたり犠牲になったりである。民間犠牲というものはあまり表には出ないがそういうところにもこの本は目を配っている。

余談であるが、このレベルの話を読むと、大岡正平がフィリッピンのレイテ戦でアメリカ軍に捕虜になった時、これで助かった、と思ったのとは雲泥の差の戦争がここにはある。

ついでに

この本は参考書をいろいろとあげてあり、詳細を知りたい人への道を示している。また軍事専門用語についても簡単に説明がある。またあとがきで、岩波新書で書かないかと持ち掛けられた時の逸話がある。この話もなかなか面白い。

日中戦争、中国人の内面は

陳舜臣、「桃花流水」上、下、中公文庫

(原著発行は昭和51年1976年朝日新聞社から)

この本の時代

日中戦争の始まりのころ柳条溝事件、盧溝橋事件などが起こった頃をバックグランドとして書かれている。内容は大雑把に言えば、中国の富豪である程家の主人が中国の上海で謎の死を遂げる。その娘の碧雲という若い美人の女性は、日本の知り合いの神戸在住の金持ちに引き取られる。その娘が、親戚が台湾にいてその結婚式に出席することから上海、北京まで行くことになる。そこで分かったことは、父親は死んだことになっていたが実は生きていたということから衝撃的な出会いがある。その父親は抗日運動の指導者であった。娘はその父親の仕事を手伝っていく。この物語は中途で終わっており、その中国側の抗日運動の気運をよく伝えている。中途で終わっているが、中国人の日本に対する気持ちはよく理解できるように書かれている。この本はサスペンスではなく歴史小説、歴史文学ともいえるのではないか。

特徴

陳舜臣というような、台湾、中国、日本というものをよくわかっている人でないと書けない内容で充満している。多分学者でもわからないような細かいことを拾い上げて大事なプロットに入れている。軍閥間の争いや彼らの戦闘意欲(国共合作時代であるが、共産党のほうはあまり書かれていないが)など丁寧に書かれている。また、当時の抗日運動といっても色んなタイプの運動がありそれぞれがどういう方向に行くかはまだわからない時代でもあった。この碧雲が父親の仕事を手伝う内容は、日本人が戦死した時に残した手紙やメモを翻訳して日本の戦略の細かいところを知るという情報活動であった。またこの抗日運動に伴って必要な連絡をどうするかとか日本の特高につかまらないようにするにはとか、また中国で日本軍隊に捕まらないような作戦とかは詳しく書かれている。あるいは上海の租界の状況などについても陳舜臣ならではである。南京大虐殺事件についても、私としては新しい情報があった。この南京城落の惨状について時の指導軍人が軍隊に向かって猛省を促したという下りがある。(事実であったと思われるが、ここは軽く書いてあった。)

テーマ

日本人から見た中国人と中国人から見た日本人の違いということになるだろう。むしろ中国人から見た日本の軍隊や日本人の戦争の考え方、中国に対して何をしたいのかというような事であり、帝国軍人は中国人の気持ちをほとんどわからなかったと思われる、という事だろう。この広い中国で日本人が傀儡政権を作って植民地化できると思ったことが大きな過ちだったのである。満州、台湾、朝鮮は一応その植民地化はできたのであるが、大中国の奥地まで出かけて戦争をして勝ったところで何ができるのか、何をどうしたいのかということが本当に明確であったのだろうか。最初は弱かった中国が次第に強くなってくる。これは日本軍にとっては最後は恐ろしいことだったと思われる。これは独ソ戦やベトナム戦争、イラク戦争などと同じで敵陣奥深く入って行って戦争するほどばかげたことはないようにも思うが、当時はイケイケの気運だったから。兵站が長くなり補給線が途切れる。この中国で水運のクリークでは日本軍は抵抗にあっている。

この小説の面白さ

やはり、神戸の路地裏まで描ける日本通であると同時に、北京、西安、大同、上海、蘇州や台湾の習慣や気分を書き上げることができるという意味では知らない人間にとっては楽しみの一つである。ある意味不適切であるが観光案内の面もある。私にとっても行ったことのある西安や台湾、蘇州、上海などの空気感や食べ物の味わいやにおいまで感じ取ることができるこの小説は本当に楽しいの一言である。そこに日中戦争という歴史を介在させてその中に生きた人間を置きその人間の生の声を発生させる、ということは生き生きと歴史を知ることになるのではと考えられる。ある意味日中戦争について知らない人でも読める内容ではあるが歴史を知るにはこういう方面から入るのもいいのではないかと思う。いずれにせよ著者は日中どちらの気持ちにもなれるということである。陳舜臣のような人は稀有な存在ではないだろうか。

ついでに

この本は案外長いので読むのには時間がかかった。しかしどんどん読み進められる内容である。イギリスのフロスト警部というのも非常に長いのであるがそれと同様で読み終わりたくないような気持に最後はなる。

桃花流水という言葉は最後の最後に出てくる。桃源郷というような意味だ。今はあり得ないが探し求めていくべきもの、というような意味で中国人の当時の気持ちに沿ったものである。

パレスチナ人とは誰か

エドワード・W・サイード著「パレスチナとは何か」写真ジャン・モア、島弘之訳、岩波現代文庫、2005年発行(原著1995年岩波)

エドワード・w・サイードとは

この本は、パレスチナ出身アメリカで教鞭をとっていた世界でもっとも著名な思想家の一人である、エドワード・サイードの本である。彼のもっとも有名な本は「オリエンタリズム」(上・下、平凡社)である。「オリエンタリズム」は今もなお世界中で蔓延しているヨーロッパ中心主義(欧米という西側)という世界の視点を明確に問題視したのである。マルクスでさえ彼の批判にさらされている。欧米中心史観、欧米中心の世界観というものを徹底的に批判したものである。決してそのヨーロッパの文化遺産を否定したのではなくその視点を批判したのである。

そういう観点からでもあるが、この「パレスチナとは何か」はその欧米中心の考え方というものが現実にどういう問題を作り出しているのか、という現実に切り込んだテーマである。というより彼が切り込まれたといったほうがいいのか、巻き込まれている現実について書かれたものである。

また、ジャン・モネという写真家によって撮影されたパレスチナ人の写真が十数点あるが、話が途切れると、というか挿入のようにこの写真についての感想、見方、感じ方などを書いている。

中心のテーマ

要するにバルフォア宣言によって1948年イスラエルが建国されることによって、パレスチナ人は追放されたのである。また同地にとどまった人々は植民地化されてしまった。ヨルダン、レバノンなどへ移民させられ難民とされた。パレスチナ自治区にはユダヤ人の入植地というのがあり、既成事実化していき、パレスチナ人の土地の収奪など国際法違反の現実がある。それらの事は一向に改善されたり良い方向に向かうことがない。国連も分科会など開催してこの問題を取り扱うが、最近は出席する国がどんどん減っているようだ。中心テーマは第二次世界大戦後にイスラエル建国によってどれだけの悲惨、悲劇、が起こったかということであり、パレスチナ人の苦悶、悲しみ、というものが如何に現在的なものか、ということである。またこの語りだしたら止まらない情けないほどの話を山ほど語っても世界に理解されないという現実、歴史的に積み重ねられた現実に対しての無力感とともに心底冷静に怒っている。抑えつつ怒っている。

つい最近も

5月上旬に11日間のガザとイスラエルの間で戦闘があった。これは東エルサレムというところでイスラエルの軍隊がバリケードを作ってパレスチナ人が通ることができなくなったことによって怒ったパレスチナ側がロケット弾をイスラエル側に打ち込んだことによって始まった、と新聞は伝えている。この時のパレスチナ側の放送は本当に悲劇的な状況を伝えていた。イスラエルは好きなように人殺しをしているとインタビュウを受けた人は語っていた。

どれだけ人を殺したらこの戦いは終わるのだろうか。

またこの戦闘であるメディアはAI戦争だというようなことを言っている。また迎撃ミサイルの効果があって、イスラエル側は90パーセントのミサイルを撃ち落としたといっているそうだ。ものすごいシステムであるがこれはアメリカと共同で開発したものである。

サイードとパレスチナ人の苦しみ

この本はサイードがアメリカで悲しみながら怒りながら書いたものである。どれだけ怒ってもどれだけ悔しがっても解決の糸口が見えてこない。圧倒するイスラエルの軍事力、世界を味方につけた広報力、文化力、欧米視点の完成のような世界の風潮に対してなすすべがないというような、しかしなすすべがないといって黙っていられない、ない力を振り絞って書き出すというような内容である。だから思い付きのような散文とならざるを得ない。あの時はこうだった、こういう人もいたというようなある意味とぎれとぎれの記憶をたどっていきつつ怒りを抑え、爆発しそうな感情を抑えつつ苦しい問題の現実をさらけ出していく。こういう書き方もあるのだと思わせる語り口である。どういうことが苦しみであり悲しみであるのか、こういうことは論文形式で書くわけにはいかない。土地の問題やパスポートの問題そしてユダヤ人や世界のマスコミがかたるアラブ語の発音に至るまで問題視している。ユダヤ人が食べるようになったアラブの料理名を、勝手に変えるなといわんばかりである。

引用するとp231

”パレスチナ料理の数々は、イスラエル人の常食となった。タッブーレは、あるレストランのメニューには「キブーツ(イスラエルの農業共同体)・サラダ」として載っている。アラビア語の単語や人命をヘブライ語風に翻字する方法は、今や完璧なまでにアメリカのマスコミを占拠しており、これは不条理だと思われても仕方ないほど私を激怒させる。アラビア語の喉音h・はかつては英語のhとして翻字されるのが常であった。1982年以降はずっととりわけ、「ニューヨークタイムズ」紙が、khに変えてしまい、ヘブライ語の音声に最も近いものに対応するようになったのだ。かくして、レバノン最大の難民キャンプであるエイン・エル=ヒルウェ(「甘い泉」)はエイン・エル=キルウェと翻字されて・・・・・「空疎な場所にある泉」といった意味に近い。・・・・・・・・」”引用が長くなるのでここでやめるが発音の問題は意味を変えてしまうので本当に悔しいということだろう。この問題も非常に神経を逆なでるような感情をわき起こす。日本でも著名な人がスポーツの解説でもら抜き言葉を連発すると本当にその番組を見たくなるなるのとレベルは違うが、似たような感覚であろうか。

こういう様々なレベルでの感じ方を語っており一種の詩のような感じもある。美しいとさえ思われる。

また、イエーツの詩が引用されているが(本書p276)、この美しい詩の意味について読者が考えるようにうながされている。(後期の作、ここでは、「学童の中で」とあるが岩波文庫イエイツ詩集では「小学生たちの中で」という題名になっている。文庫本p239)

イスラエルという国

イスラエルという国は世界でも珍しくユダヤ教という宗教共同体なのである。このユダヤ教というのは、イスラム、キリスト教と深い親戚関係にある。特にそういう意味ではユダヤ教から二大宗教が生まれた、つまりキリスト教徒イスラム教である。そのユダヤ教の聖典である聖書には、キリスト教で言うところの旧約聖書の部分を聖典としているわけであるが、そこに書かれてあることは当然平和の神なのである。罪びとなる人間である。とくにイザヤ書には平和へのメッセージがが至る所に書かれており、ユダヤ人が人殺しを正当化するような箇所はどこにもないといっても過言ではない。非武装、中立主義では無論ないが、なにゆえにユダヤ教徒が名もない無垢の人々を殺すことが可能なのであるか。これはナチによるホロコーストのトラウマなのか。しかし、そんなことを言っても始まらない、といわれそうだ。この3大宗教の信者が歴史的にどれだけの殺害と侵略と強権的、暴力的支配、暴虐の限りを犯してきたかというようなことはカトリックの歴史を見ればよくわかる。十字軍もそうであるし、最近のアルカイダやイスラム国の恐るべき事件はまだ、まだ我々の脳裏に焼き付いて離れない。ユダヤ人は歴史的にディアスポラとなり集団的には逆に差別を受ける側であった。しかしナチ以降逆転である。現在は彼らがナチズムの完成のようなことをしているわけである。またバイデンに特徴的に表れているようにパレスチナ人への同情のかけらも示さない。イスラエルの防衛という攻撃は承認する、後ろでは和平工作をなんとかしていく。誤魔化しの政治を白人優位の中で遂行していく。恐るべきことである。この本によれば多くの著名なアメリカの雑誌は反イスラエルの記事は出さない、という。ある意味、ユダヤ人に聞いてみたいのはそういうユダヤ教の教理と反していないのか深刻な神への冒涜になっていないのか、2千年前のイザヤがユダヤ人を批判したようなことが今でも起こっているのはどういうわけなのか、と聞いてみたい。

終わりに

こういう本はなかなかない。反イスラエルを絶叫するだけで終わってしまう可能性もあったのである。しかしこのサイードは色んな感情、いろんな認識、いろんな考え方を含蓄を込めながらパレスチナ人の現在的苦しみを冷静に語っている。人間の書いたものではダンテの新曲に近く、人間認識の深みと広がりを持っている。

参考としては、広河隆一「パレスチナ」岩波新書2002、藤村信「中東現代史」岩波新書1997などがわかりやすい。

現代を見つめるザミャーチンの「我ら」

ザミャーチン「われら」川端香男里訳、岩波文庫、1991年発行

この本のあとがきから紹介

この本はソルジェニツィンの「収容所列島」などが出たころロシア文学として結構読まれたのではないか、と思う。ソビエトにおける反体制作家作品が一斉に出てきたころ、日本でも翻訳された。(この本は最初講談社で1970年に発行されたものの改訳。)訳者の川端香男里のあとがきを読むと、この本の書かれた時期は1920から1921年。1924年には英訳が出た。しかし1927年にプラハでロシア語で出版されるに及んで反革命の烙印を押された。すべての出版活動を禁止された故、1931年に彼はスターリンに手紙を書き、フランスに出国が1年認められた。しかしソビエトロシアには帰らなかった。1937年パリで客死、とある。

ロボット化された人間像

結局ソビエト的な権威主義、教条主義、画一主義、反文化主義、工業生産主義、独裁的支配などが人間的には何を生んでいくのかというある種の預言的、超未来的なイメージを構想して書いた小説である。実際のところそんなに発禁にするほどの内容かとも思える。ロボット化された人間像というのが彼の言いたかったことではないだろうか。やはりそこがソビエト政府なりスターリンは気に入らなかったのか。あまりに当を得た内容だったからか。この本を読んで体制批判と読めるというのは相当な読解力を必要とするような気がする。そういう言い方がおかしければ、体制側は相当細かいところに神経を使っていたということだろう。ペレストロイカの時にロシア文学史に復活してきたという。(パステルナーク「ドクトルジバゴ」などとともに)

作風がフランスのアバンギャルド的と川端香男里は書いているが私から見るとドイツの表現主義に近いような気もする。彼の表現の極端な比喩などを見ると文学的表現主義のように見えてくる。

本の内容

なかなかむつかしい。言ってることがわかりにくいのである。極端な比喩と書いたが、どこで何をしているかが読み取れない。大きな筋だけ要約すると、いかにもロボット化された人間がロボット化されることを喜んで受け入れている体制の日々の生活(いろんな規約がある)についての記述であるがこれは極端に未来をデフォルメしている。そのことが体制批判につながるのである。また主人公はインテグラルという飛行物体の技術士なのである。設計を担当していた。その彼が実験飛行の時に、その飛行物体をどういうわけか最後乗っ取る計画を主人公の関係ある女性が立てていた。しかし現実にはできなかった。しかしそのことによって何かを発見した。人間的なものの発見があった。また最後の革命は嘘ではないかという疑問もここには出てくる。それは最後の数字というものはあるのか、という疑問と同等とされる。この日々の生活や何かの事件はたぶん当時のソビエトで起こっているいろんな事件や問題が背景にあってそれをパロディ化したり風刺したりしているので、そういうところが本来的に理解されればより面白く感じられるものになるはずである。なかなかどんどん読んでいき、筋を追っていけるような小説ではない。日々のこのロボット的ユートピアでの生活とそこに住む人間の感情が日記のように書かれている。

要するに、完全な革命が終了してしまって最高の幸福を得られる条件を体制が作ってくれた世界を暗示している。(=ソビエトの言うユートピア)住居はすべてガラス張りで誰が何をしているのかわかる。また個人は名前はなくて記号なのである。I-105号などという本当に記号で呼ばれるのである。我々の名前が記号である、などと言われることもあるが、本当に記号になると能面のようでイメージが出ない。つまり漢字やカタカナや英語やロシア語というその世界にある歴史的に作られた文字と意味ある言葉を使うということは無機質の記号ではむしろなくて、その人が背負った歴史的文化的遺産を想像させるもので、名前によってその人自身のアイデンティティが得られような仕組みになっている、ということに気が付く。

この小説では魂を得る(人間的になる)ということは病気になり治癒する必要があるというように、究極の革命の理想(当時のソビエトのめざす体制)を追求するとこうなっていくのでないかというような暗示である。極端にデフォルメ化された未来像である。だから批判的、反ユートピア的、反共産主義的と言われるゆえんであろう。

あとがきによればいろんなパロディが使われているということだが、我々にはわからないことだらけである。ただ数学をパロディ化しているということはある程度わかる。

この小説の手法

まさに化構として、人間が、究極の誰かが考える理想世界=ユートピアに住むことになるとどうなるのか、という絶対的仮定の上にこの小説は書かれている。まさに全く現実ではない。現実にありえないくらい遠く離れている。そういう世界を描こうとしたということである。だから逆に人間を抽象的に浮かび上がらせる。人間がどうあるのが本来的であるかというような大所高所の議論といってもよい。極端なデフォルメ化された世界を見せておいて変ではないか、おかしいではないかという疑問を持たせる。そういう構造になっており、この小説の手法はある意味人間を考える意味では重要な手法であるといえる。

この本の面白さ

現在、この本を読むと彼の比喩の面白さに驚嘆する。素晴らしいの一言であり、こんな比喩を使える人の本を今まで読んだことはない。その描写の一つ一つはわかりにくい。しかしその比喩の奇異な言葉になれてくると見通しが良くなり、しだいに素晴らしいと思うようになる。またこういう表現をしない文章というものに何かしら不足感を抱くようになる。

この本との関連

香港、そしてチベット、ウイグル自治区問題などで中国のありかたには西側諸国はこぞって反対を表明している。ユニクロやZARAなどを販売する仏の4社に対して人道への罪容疑で捜査とある。(朝日21年7月2日付夕刊)

現在の中国に関しては、賛否両論ありで、やはりこの13億の民を統一し管理していくにはこのような共産党独裁、強権政治であっていいし西側のような国民主権、人権の尊重の考え方は、各国別でありうる、という考え方を表明する人々もいる。確かにロシアソビエトとはやり方は違うのであるが、人間の持つ固有の思想や政治信条、信仰の問題に国や政治が本当に極端に関与し、極端に制限していいのか、という疑問、また、幸福という関数=経済発展、経済的不満足はないというユートピア的世界像を与えることによってその他の制限を合法化する、という疑問はこの本では極めて明確に浮かび上がってくる背景の思想である。(参照、共産党100年習近平演説要旨、日経2021年7月2日付朝刊)

これ以上のことを言う必要はないと思うが、この本はきわめて現代的な疑問に満ちた問題の書である。

人それぞれのグレン.グールド

「グレン・グールドは語る」グレン・グールド、ジョナサン・スコット宮沢淳一訳、ちくま学芸文庫、2010年第一刷

閑話休題である。懐かしいグレングールド

グレン・グールドは私が学生時代の時に聴いていたピアニストである。たぶん人それぞれの愛着と彼と出会った時の衝撃を抱いていると思う。この70過ぎのいい年になってから彼を思うということは、まだまだ、彼の音楽が我々の中に生き生きと生きていて何かしらのインスピレーションを与えてくれるのだろう。

とくに彼のバッハのシリーズは普通の中世のバッハではない。現代のバッハという感じである。ピアノのバッハである。今なお新鮮な感じを与える。また彼がバッハをひくとき少し音量を大きくするとわかるが歌っている。彼の声がある程度聞き取れる。それが録音されている。確かにパブロ・カザルスのホワイトハウスでケネディの前で弾いた「白鳥の歌」のように聞こえないでもない。これも物議をかもした一つだった。またこの本にも出ているが、彼の椅子が異様に低い上いつもそれを持ち歩いて演奏しているという。(こだわりの椅子である。床に座ったかのようであると評論家が言う)また彼が32歳で公開演奏をやめてスタジオでの録音音楽家となったことも何か神秘めいていた。こういうことから醸し出されるのは人間嫌い、人と話すのもいやだというような、また人前に立つとぶるぶる震えがくるようなタイプかのようである。

しかし、そういう印象はこの本を読むと拭い去られてしまう。

ここではインタビュアーがいいのか、快活にしゃべっている。むしろ冗談好きな人間のようにも見受けられる。

この本を読んで私の長年のもやもやとしたこのグレン・グールドに関しての感情が今回基本的に理解できてすっきりとした。

1,なぜ、公開演奏から引退したのか、これは録音の時代であると彼が認識したからであり、誰もいないところでの演奏のほうが自然である、と考えたからに相違ない。相違ないということはこのインタビューで明確になってはいないがそういう印象を与える。だからその後の録音活動は多彩であり量も多い。録音にすればつぎはぎができる、ということと音を拾うマイクによってミキシングという作業があるが、音の拾い方で演奏されたものの良しあしも決まる、とみなしている。また多重録音といって同じ人物や違う人物でもいいのであるが、同時に録音するのではなくて上乗せしていくような録音技術である。そういうものも駆使できる録音というものに深く興味を抱いたということだ。今ならもっとデジタル化による大きな変革をも期待できただろう。当時はまだレコードの時代である。4チャンネル、8トラックで演奏もあったらしい。こういう録音に関する彼の実験的な体質が公開演奏からの引退を促したのかもしれない。

2,ジョージ・セルとの逸話

これも今回のこの本を読んではっきりとした。大御所のイギリスの指揮者ジョージ・セル(勲章をもらっている)とひと悶着あったという逸話があって面白おかしく伝わっていた。リハーサルの時、グレン・グールドが椅子の調整をしていて彼の指揮をじゃましたということから、ジョージ・セルは演奏をやめて下りたという話である。大御所の機嫌を損ねて代理の指揮者が交代して振ったということだ。これも実際はなかったようである。椅子の調整はしたがご機嫌斜めにするほどのことはなかったという。しかしジョージ・セルはグレン・グールドの演奏を聴いて彼は変人であるが天才であると言った。

彼の履歴を簡単に振り返ると1932年生まれ(カナダのトロント)14歳でトロント音楽院を修了、国内デビュー、22歳の時に米国デビュー、その後バッハの「ゴールドベルグ変奏曲」でバッハ演奏を一新させた。50歳で脳卒中でなくなる。大変な天才であるが奇癖のあるタイプであった。バッハの演奏もいろいろあって他の人と比べたら段違いなレベルであることに驚くだろう。多くの評論家が彼の演奏について書いている。いまだ彼のような演奏家はいない。

また私はジャズも好きなのであるが特にピアノの演奏が好きである。それはこのグレン・グールドの影響からかもしれない。ジャズピアニストのキース・ジャレットもバッハを演奏している。グレン・グールドの影響かもしれない。(またキースはショスタコビッチの『24プレリュードとフーガ』というバッハを意識して作れられた作品も演奏している)のこのキースのまじめな取組とまじめな演奏には敬服せざるを得ない。この比較も面白いだろう。

なお、この本ではビートルズまで言及している。

バッハからシェーンベルクまで

音楽にそう詳しくはないので彼の音楽理論や用語についてはわからないことも多い。しかし彼の演奏を聴きながらこの本を読むと本当に慰められる。今回この本を読んだおかげでハイドンのソナタやシェーンベルくのピアノのCDを聴けたのもありがたかった。シェーンベルクといえば難解な現代音楽という印象があるかもしれないが、ピアノはそんなにむつかしくもない。バッハしか知らなかったのであるが多様な作品があり今では結構安価で手に入る。この本には作品集リストがおさめられている。死後すでに40年ほどたっているが、彼の演奏を飽きるということはない。いつまでも流して聴きたいバッハである。

ついでに、私はオーディオに凝っているわけではないが、最近サンスイ(ドウシシャがサンスイブランドを引き継いでいる。)の真空管アンプのコンボの安いのを購入して改めて聴いている。この真空管アンプの音はソフトで優しい。なおのこと彼の音楽が聴きやすくなった。(グレードはSMC-300BT)

近代日本の科学技術の受容と活用の仕方

山本義隆「近代日本150年ー科学技術総力戦体制の破綻」岩波新書2018年発行

山本義隆という人を知っているだろうか。

東大紛争のころの東大全共闘の代表と奥付けにはある。我々が見ていた東大紛争のころの代表だった。当時は有名な方であった。いつも何本かの自分の科学論文をポケットに入れて大学構内を歩いていたというような逸話が今でも思い出される。細かいことはわからないが原子物理学専攻だったように思う。現在駿台予備校講師とある。

内容

この方の書かれた日本近代史であり科学技術を中心とした歴史である。

この本の問題意識としては、①科学、技術というものがどのように近代日本では受容されてきたのか、②明治以来の戦争、第二次世界大戦までの戦争によってどのように科学、技術が利用され、どのような方向へ進んで行ったのか。

③最後には福島原発の問題まで来て、これを批判的に考える。

この流れの中で、明治から福島原発の失敗までの歴史を科学、技術的に総括するとすれば、日本は150年間、戦争と総力戦への利用という方向で使ってきた、その結果が福島の失敗であったといっている。

ある意味自身研究者としての自己批判的な内容があるといえるだろう。

著者は他にもたくさん科学、技術史を書いている。特にみすずから出た「磁力と重力の発見」は有名である。また原発についてもいろいろと書いている。

どう読めるか

私の場合、科学、技術史というとすぐ敬遠したくなるほうである。またこむつかしい議論で幻惑されるのかと思うと途中で投げだすだろう。

しかしこの本は岩波新書であり小型である。また山本義隆という人が科学、技術を批判的にみる、という新しい視点がありそうである。またこの方は在野である。予備校講師だ。東大紛争の時にやめていなければ東大やほかの大学の教授にはなっていてノーベル賞候補にでもなったかも知れない。今では大学にいないということの制約はあるのかもしれないし、逆にそれがゆえに新しい発見があるのかもしれない。ある本のあとがきには神田の古本屋を歩き回って中世の本を探したり、今でもWINDOWS3.1ででテキストエディターWZエディターを使っていると書いてある。本は国会図書館、都立中央図書館などを使っており、研究集団とは没交渉だと。このような発言からすれば、生活も苦労しているのかと思ってみたりした。しかしこの在野にあるということから非常に期待して読み始める。

ただし、最初に書いてある「総力戦」という使い古された文字は気になっていた。

内容は技術史、科学史的にみると日本の150年は何であったか?を批判的にとらえる問題意識の書である。

最後の戦後の原発開発のところが重要テーマである。

ここに来るまでの長い戦争と総力戦のための科学、技術の利用という歴史がある。ただしこの明治から第2次大戦までの歴史に関してはその通りとは思うがあまり新味はない内容となっている、といったら叱られるかもしれないが、資料的には2次資料が多く勉強としてはいいが本当にそこに問題があったのか、という根本的理解ができない。

下敷きとして、山之内靖「総力戦体制」ちくま学芸文庫2015があるのか引用文献には載っている。また総力戦、戦時動員体制を導いた知識人を批判した中野敏男「大塚久雄と丸山真男ー動員、主体、戦争責任」などがあるような感じもする。

総力戦

総力戦批判論というのは、案外古くて山之内靖が1970年代辺りにはそういう論文も出ていた。また最近でも多くの経済学者が戦時体制が残っている経産省というようなことを言われる。つまり第二次世界大戦のころの戦時総力戦体制が今なお官庁関係には寝強く残っているということを言っているのであるが、システムがあっても主体となる人物が変われば変わってしまうだろうという問題意識はほとんどの人にはなく、最近の震災や災害現場にボランティアに行くのも総力戦大戦の大衆動員と同じだとか、たぶんそういう学者はオリンピックについてもそういうことを言うだろう、とは思うが、総力戦だからというだけでは批判にならない、と私は思う。各国でも同様だったのでイギリスやフランスの総力戦は良くて日本はだめなのか、そういう意味では普遍性のない議論、根本的な問題を摘出できないように思う。

総力戦という一言で日本の科学、技術を取り扱った内容であるが、実際のところ違う方向はなかったのか、そうではない科学の方向の芽ははなかったかというような多様な視点がないとこれだけでは歴史を批判しているようで誰も批判していないような気にもなる。マルクス主義にも同様なことがあって、学者である帝大の先生たちは、この本にも書かれていいるが国民社会主義になびいてしまった。多くの学者がそうであったが、しかしそうでない学者も一部にはいたのであり、帝大を辞職したりやめさせられたりされた教授もいた。科学者にもそういうことがなかったのか。疑問とするところであり、今後の日本を考える上ではそういう方たちの考え方などが非常に重要となってくるだろう。

終わりに

内容的にはいちいちがもっともであるが、歴史の本としてはなんとなく片手落ちのような気がするのは私だけであろうか。

そんなことを言ったら身もふたもないのである。せっかくこういう我々が読めるような本が出たのである。文句を言う前にじっくりと読むべきだろう。また科学、技術の歴史の問題というのは非常に重要である。科学、技術者の系列、また技術の系列などがないと新しい発見や技術の改良、応用などができない。そういう系列の存在も重要だろう。そういうことには目を開かせてくれる。また明治以来多くの最新機械を欧米から輸入してきた日本であるがそれを使いこなしメンテナンスができる職人的な技術屋が日本にはすでに何人もいたことも記されている。このことは非常に重要である。我々も会社の仕事である種の機械を買うことになったときメンテナンスをどこがやるのか、何年やってくれるのか、そういうことが重要問題でもあった。彼の描く落穂ひろいのようにこぼれているはしはしの技術屋らしい言葉が面白いし、そういうことが新鮮で日本の希望でもある。

やはり、ついでにみすず書房の「磁力と重力の発見は」は読むべき本と思う。苦労して書いたことが偲ばれる本である。