インマヌエルという言葉
この言葉はイザヤ書に出てくる。この不思議な言葉。7章14節
「それゆえ、、主自ら、あなた方に一つのしるしを与えられる。見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を生み、その名を『インマヌエル』となづける。」
続きを読む “インマヌエルの含蓄”自分を生かそう
インマヌエルという言葉
この言葉はイザヤ書に出てくる。この不思議な言葉。7章14節
「それゆえ、、主自ら、あなた方に一つのしるしを与えられる。見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を生み、その名を『インマヌエル』となづける。」
続きを読む “インマヌエルの含蓄”コーヘレト書(7章13から14)
(月本訳、岩波版旧約聖書)
神の業を見極めよ。
彼が曲げたものを、だれがまっすぐできようか。
幸いの日には幸いであれ、
災いの日には(災いを)見つめよ。
人間が後のことを何一つ見極め(られ)ないようにと、
神はあれもこれも作り出したのだ。
(日本聖書協会、1955年改訳)
神のみ業を考えてみよ。
神の曲げられたものを、
だれがまっすぐにすることができるか。
イザヤ書40章、10,11から
見よ、主なるヤハウェを。
彼は力を帯びてこられ、
ご自身のためにその腕が統べ治める。
見よ、彼の報いは彼とともに、
またその報酬はその前にある。
彼は羊飼いのようにその群れを飼い、
その腕に子羊たちを集め、懐に抱き、
乳をのませる羊たちを導く。
(岩波版、旧約聖書Ⅶ、イザヤ書、関根清三訳)
続きを読む “イザヤの発見した神のイメージ”イザヤ書40章6節から、(日本聖書協会、新改訳)
「呼ばわれ」というものの声がする。
私は「なんと呼ばわりましょう」と答えた。
「すべての人は草、その栄光は、みな野の花のようだ。
主の息吹がその上に吹くと
草は枯れ、花はしぼむ。
真に、民は草だ。
草は枯れ、花はしぼむ。
だが、私たちの神の言葉は永遠に立つ」
続きを読む “どれだけ混乱が広がるのだろう。打つ手がないようにしか見えない。”イザヤ書40章1節
慰めよ、慰めよ、我が民よ、あなた方の神は言った。
あなた方に語れ、エルサレムの心に向かって。そして彼女に向かって叫べ。
苦役は完全に終わった、彼女の不法は許された、すべての彼女の罪の2倍のものをヤハウェの手から受け取った、と。
続きを読む “神の激しさを垣間見る”イザヤ書21章11,12節
この神秘的な短い預言は何を語っているのだろう。
ドウマの託宣
私にセイルから叫ぶ者がいる。
「夜回り人よ、夜は何時か、夜回り人よ、夜は何時か。」
夜回り人は言った。
「朝は来る、夜もまた。もし尋ねたいなら、尋ねよ、もう一度来て。」
これはまず、夜である。そして戦争状態である。通常の常態ではない。危機の時である。
続きを読む “夜の時代に生きるもの”
聖書
詩編130
文学的修飾を除くと次のような訳になるだろう。順番もこの通りである。
深き所から、私はあなたを呼ぶ、ヤハウェよ。
この深き所から、というのは深いという言葉の複数形だ。多分この複数形は本当に深いという意味だろう。
ある程度正確な状況がわかるように二つの翻訳をここに引用しておく。
イザヤ書7章1から4節。
1、ウジヤの子ヨタムの子、ユダの王アハズの時のこと、アラムの王レツィンと、イスラエルの王レマルヤの子ペカが、エルサレムに上ってきてこれを攻めたが、戦いに勝てなかった。
続きを読む “二つの燃えカスと信仰”創世記3章の蛇の問題、これは月本昭男先生(旧約学、オリエント学)によると賢さの問題を創世記の作者は問題にしているという事のようだ。つまり最初にこの世で一番賢い動物としての蛇というのをさりげなく出しておきながら、神の裁きでは呪われることになる。
詩編23編
ダビデの歌
ヤハウェがわが牧者、私には欠けるものがない。
若草の牧場に彼は私を憩わせ、
憩いの水辺に私をともなう。
わが魂を彼は回復させ、
義の道筋に私を導く、
彼の名のゆえに。