アジアの中の沖縄、新しい視点

南海の王国琉球の世紀、東アジアの中の琉球、角川選書、平成5年(1993年)発行

(陳舜臣、森浩一、山折哲雄、濱下武志、高良倉吉、田中優子、井沢元彦)

この本の構成は、まずそれぞれの専門分野の部分を発表し、それをもとに、7人で議論をする。議論の方は2部構成で1、琉球王国の誕生と形成、2東アジアの中の琉球。

なぜこの本を読むのか

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台湾、慟哭の歴史

陳舜臣、神戸わがふるさと、講談社、2003年発行

第一部と第三部がエッセイとなり、真ん中が小説となっている構成である。

このエッセイの最初の文章が素晴らしい。なんという悲劇、なんという歴史。

「慟哭の世紀」という表題、よくよく見るとこれは序文であった。

ここに戦争後、台湾にも岩波書店のような立派な本屋を作るから戻って来いと言われた。本屋の仲間は5人いるという、君も来ないかといわれた。しかし婚約者がいるのですぐには帰れないと言って考えておくという事にした。

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世界の経済覇権がどのように推移したか

長い20世紀(資本、権力、そして現代の系譜)、ジョバンニ・アリギ著、作品社、2009年発売、原著は1994年発行、(1995年のアメリカ社会学会、世界システム政治経済部門賞受賞)、5200円

この本は約600ページの厚みのある本である。この本を読み始めてから約1か月半である。最初は図書館の本で済ませていたが何回も延長できず、ついにネットオークションで安く買うことを画策して、手に入れた。

評価の高い本である。

なかなか読み応えのある本である。内容は世界経済史である。単なる経済史ではなく、今後の資本主義の行方やアメリカの覇権的資本主義はどのように成立してきたのか、今後どうなるかなどという現代の問題意識を満載したような経済的歴史でありかつ理論化も狙っているのではと思われる。世界システム論の一つだ。ウォーラーステインなどと一緒に仕事をしたようだ。またこの本にしょっちゅう出てくるが地中海論で有名なブローデルの影響をかなり受けている方のようである。また「帝国」のネグリとは立場を違えているし、論争もしている。ネグリはこの本を批判もしている。

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神戸の中国人のミステリー

「枯草の根」陳舜臣、1961年発表、講談社

陳舜臣氏の初期の作品はこういうミステリーものだった。しかしすぐに歴史ものや紀行文学に移っていって、このミステリーものは数が少ない。

この本は江戸川乱歩賞受賞作品である。彼の37歳の時の作品である。

なぜこの作品を読むのか。

「アジアの中の沖縄」でも取り上げたが、中国人の視点、それに台湾、日本の神戸の視点が入り混じって、アジア的な視点を持つ人だと思ったからだ。この人ほど、歴史の中のアジア、現代のアジアのことを感じて生きた人はいないのではないか。

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資本主義のゆくへ

「北京のアダムスミス」(21世紀の諸系譜)続

ジョヴァンニ・アリギ著、2011年発行(翻訳)作品社

この本には付録があり、

1、資本の曲がりくねった道、デヴィット・ハーヴェイによるアリギへのインタビュー

2、資本主義から市場社会へ、北京のアダム・スミスに寄せて、山下範久氏の論文があり二つ合わせても80ページ近い分量である。

(図書館から借りていた時点ではそこまで読む時間はなかったが、ヤッフーネットオークションで安く手に入ったため、ここまで一応紹介しておこうと思う。)

分かりやすいインタビューと解説論文

この北京のアダムスミスという本はアリギの遺作となった本ではあるが、「長い20世紀」という本と併せて読む必要のあるものである。しかしいずれにせよ長すぎるのがこの本の短所ではあるがここにあるインタビュウーと山下氏の論文は分かりやすく整理されており、本編を一読して何を言っているのかわからないところも、ある程度理解可能となる解説的役割を果たしている。

コロナウイルスがどの程度の規模で終息するのか分からないが、こういう不安をあおるような不確実な未来、将来については現実の科学的分析がいかに必要かという事を感じさせる。

インタビュウの方では、それぞれの覇権的資本主義がいかに遷移していくのか、その理由は市場の物的拡大によって発展していくが、利益率の縮小という問題を資本蓄積のサイクルの中で必ず起こってくる。その問題をクリアーしようとすると、資本主義は金融に走る。これが資本主義的覇権の末期となり次の覇権的空間に遷移していく。そういうことが歴史的にジェノヴァ、オランダ、イギリス、アメリカこの次は東アジアまたは中国というように考えられている。おんなじことを繰り返しているわけでもなく、拡大し変化しながら転移する。

資本主義は終わるのかの議論

さらに山下氏の解説によると、現代マルクス主義者のネグリの理論は、「帝国」にあるように資本主義の終末論的現代というようにとらえている。それはマルチチュード(昔のプロレタリアートではない、グローバルな群衆的なもの)が政治的に革命を起こすべき時であり起きる時代である、というような可能性を示唆し、ある意味資本主義の終わりの始まりというようにとらえるのに対して、ネグリの理論は、資本主義のシステムをいろいろ変更しながらも拡大して遷移する史的な資本主義として生き残り続けるという考え方である。資本主義の危機はあるが、それは危機でしかないという事だ。市場社会の発展はアダムスミス的理解、資本の蓄積サイクルはマルクス的理解を可能とするという。

穏当な世界史の見方

しかし、非常に単線的に資本主義をとらえた資本論的マルクス主義に対して、ここにはマルクスの理論に関する内在的批判があるように見える。

また、ある意味では、過激な理論ではなく案外収まるところに収まったグローバル経済史的なものの見方といえるのではないか。(大向こうを張ったウオーラーステインや、ポメランツの世界システム論からすれば非常に穏当ででわかりやすい、といえる。)

ソ連崩壊後の左翼思想、アリギ

「新世界秩序批判」(帝国とマルチチュードをめぐる対話)

ジョバンニ・アリギ、マイケル・ハート、アントニオ・ネグリ等、以文社、2004年発行

誤読

この本は、ネグリの「帝国」という大著に関してのそれぞれの批判や反批判という本である。特に、ジョバンニ・アリギの「長い20世紀」をネグリが批判していることに関して、アリギが反批判しているのが面白い。それぞれの読解力が問題にもなるだろうが、案外批判する人はその当該の本を真剣には読んでいないことが多い。という事で誤読だらけでネグリはアリギを批判したことになる。そのことをいちいち丁寧にアリギは書いてあるので、ある意味、ネグリのような大家でも簡単に誤読して思い込むという事があるので我々が誤読するのは当たり前と考えるべきだろう。

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中国人の目から見た南京事件

堀田善衛、「時間」岩波書店(岩波現代文庫所収、辺見庸解説)2015年発行(から2017年まで5刷)初出、1955年新潮社(ウイキペディアによると1953年発表らしい)

この本は、堀田善衛が1918年生まれだから35歳くらいの時の作品である。(富山県高岡市出身、慶應大学仏文科卒、伏木港の廻船問屋の息子というから金持ちだっただろう。)

この本の内容は

南京事件(1937年12月から38年2月頃に起こった、南京占領時の例の日本軍による大虐殺に関する事態)を中国人という主人公の目を通して書かれたものである。

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大戦直後の台湾、歴史のうねり

「怒りの菩薩」、陳舜臣、集英社、1985年発売。初出は1962年。

これは陳舜臣の初期のミステリーの中の一冊である。

なおこの小説は2018年8月に台湾の公共放送でテレビ化されて評判のドラマとなった。多少原作と違うようだが趣旨は同様で、台湾の複雑なナショナルアイデンテティを描いているという事だ。このドラマは台湾に対するステレオタイプな見方を覆したかったと監督は言っている。

私としては今頃なぜこの1960年代の小説がそれも台湾でドラマ化されるのか多少不思議であったため興味をそそられて読むことになった。

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戦後社会科学を見直す

戦後「社会科学」の思想ー丸山眞男から新保守主義まで、森政稔、NHKBOOKS、2020、3、20発行

この本は、基本的には日本の政治状況、安倍長期政権がなぜ可能であるかという問いである。それは、新自由主義、という言葉に象徴される政治思想が眼前と横たわっているからであるという事だ。

丸山真男についての考え方や批判についても結構導入部としては詳しく取り扱っているが、これはやはり著者が東大の先生であるという事から来ているのかもしれない。また、丸山眞男に関しても今まで出た厳しい批判一辺倒から丸山の新しいパラダイムの創造という事に評価をしていることが目に付く。それは歴史的に、時代に,またその状況によって非常に制約された人間という事もあるし、戦中の資料不足の中での知識という問題もある、とある意味同情的だ。これは大塚久雄に関してはわずか言及、内田義彦に関しては高い評価、高島善哉、平田清明についても同様、ここから類推するに少しこの戦後民主主義の担い手だった人たちに一方的否定ではないという冷静さがうかがえる内容である。全共闘世代より、一世代下の人たちの考え方はまた変化しているということだ。

(「丸山眞男の憂鬱」橋爪大三郎著、講談社選書メチエ、2017年9月発行、この本では帯に戦後の虚像を粉砕する、というまたさらにその下に、丸山を根底から批判する、という厳しい宣伝文句がついている。丸山眞男は逆の意味で宣伝に使われているのだが、この方は1948年生まれ。全共闘世代である。)

この本の内容

この本は、戦後の社会科学という学問がどのように変遷してきたかをある意味わかりやすく、簡潔に、てきぱきと語っている。問題は、日本の民衆といい、大衆といい、日本政府に統治されている人たちの考え方、また政府の考え方がどのように変化しているかという事を追求しているのがこの社会科学というテーマだという。どちらかといえばこの民衆といい大衆という人たちの政治的可能性がどこにありうるのか、そういうことを追求していると言える。

その中心問題

世界的に人々は保守化しているという。自分にとってためにならない政府というものを支持してきているように見える。この民衆の保守化という現象、政府の右傾化という現象はグローバルにみられる現象であるが、それが政治学の立場からどのように見えるのか、という問題提起である。特にその中で結論的にいえば新自由主義という概念が非常に重要であるという事である。

その新自由主義についてまとめてみると。

新自由主義の指標として挙げられているコンセプト

市場競争中心(自由競争、負け組の格差問題)

グローバル化(の中の低賃金)

自己責任(福祉の切りつめ)

小さな政府(財政圧迫問題)

民営化(市場での効率化)

一方で国家、政府の介入による市場の立て直しを図るという矛盾

と捨てられない福祉国家と軍事主義

新自由主義についての起源など具体的な説明

この考え方は冷戦、冷戦後、そしてニュウレフトなどの思想を経て出てきているので社会党になろうが自民党になろうが同じ政策をとらざるを得ない。

こういう国家の形態、政府の方針に対して統治される側はなぜこういう体制を支持できるのか。弱者というマイノリティとの格差は増える一方であるが自己責任という思想から抜けられない。軍事主義も自己責任論である。憲法改正論の中の9条問題は現代の自己責任論からくるテーマであり、サラリーマンなどには受け入れやすいのではないか、企業倫理とかガバナンスとかコンプライアンスとかはみんなアメリカ風の市場主義の要請であり根拠はないもののこれには日本の会社は全面的に従ってしまう。誰が言っているのか、どういう原理がそういう決め事を作ったのかは誰も知らないが、従ってしまう。市場主義と自己責任論からくる問題と考えられる。

大衆の側からすれば、自己責任という自分を縛るものがあるので、ネットカフェで暮らしていて不満はあるものの政府が悪いとは思わない。今回のコロナウイルスでネットカフェが閉鎖されるときに寝泊まりのために市がホテルを提供したニュースが流れた。そのホテルをあてがわれた本人は非常に喜んでいて市の政策をありがたがっていた。自己責任だけではなく福祉的な処もある程度あるというのが今の政府である。10万円を国民に渡すという政策もその一環であって、特に学会を支える低層の人たちは政府は信頼できると感じるだろう。要するに自民党の政策、反対の野党の民主党系であってもどちらでも政策的な違いが少ない、という事を大衆は感じてるのではないか、それなら安定政権または玄人の方がいいという事ではないのか。

9条問題に限っていえば、右も左も大それたことはできない。日本は戦争をするのかという、本にも書かれているが戦争をするほどの金はないそうだ。9条問題を自民党もいろいろ言っているが本腰なのかは疑問が残る。今回もコロナの問題で憲法改正などと言っているが、こういう出し方が正当な手続きを踏めない自民党の弱さでもある。また9条が憲法改正となっても、福祉国家的であることはやめられない。中国も今回のウイルスでは福祉国家的対応をしているのと戒厳令的、軍事的側面を両方出している。中国もそういう意味では福祉国家であることは間違いない。こういうことが大衆にとっては保守化しやすい状態ではないか。

新自由主義は根が深くそこからどんな立場の人も逃れられない。

繆斌工作という和平工作を知っているだろうか?

銘のない墓標、陳舜臣、中公文庫、1991,9、初出1969,1講談社

この文庫に入っている最初の小説である。(3作品が入っている)

小説の背景となる歴史的な人物と事件

この小説のテーマはミョウヒン繆斌という人物の話である。彼は、今では知っている人はほとんどいない。しかし、実際にあった繆斌工作という有名な事件の首謀者である。昭和20年はじめ南京汪兆銘政府の要人、繆斌が日中戦争の和平工作を行い日本はこの密使を相手にせずという外務大臣の重光葵の反対によって退けられてその工作が失敗した事件である。汪兆銘政権のほとんどが漢奸としてその後国民党政府により銃殺刑となったが、この繆斌は一番早く死刑とされた人物である。裁判までの間の監獄では最大の好待遇であったようだ。しかし裁判がすぐ行われ、即処刑となり、そのこと自体何かの問題を隠すためだったのではないかと憶測を呼んだ。

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