聖書の読み方を教えられる

「空の空」ー知の敗北、中沢洽樹、山本書店、1985年発行

イザヤ書の専門家である、中沢洽樹がこういう本を書いているとは知らなかった。

中央公論者の世界の名著シリーズの新書化された中の旧約聖書は中沢洽樹氏が編集し翻訳もしている。その中になぜか、コーヘレトが入っているのが不思議だったが、その彼の最期のほうの注が非常に印象的であった。比喩を重ねてあり、表向きはきれいな話だがちょっとわかりずらく、比喩を解けば死にゆく老化の話である、という二重構造になっていることを指摘してあった。これがきっかけで彼のその他の本があるのかないのか気にしていると、図書館にこの本があった。

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一見正しそうな予言者ハナニヤとくびきを背負うエレミヤの戦い

現代人はどう考えるか、エレミヤとハナニヤの争い

エレミヤ書27章から28章ハナニヤという預言者との争いについて書かれている。この争いの本当の問題点は何だったのか。

ATDエレミヤ書(A.ワイザー著)の解説から簡単に説明したい。ユダ王国の最後の王ゼデキヤの時代。その前の王であるエホヤキム(残忍な王として有名)はバビロニアに反抗したため敗北し、当時の高官とともにバビロンに連れていかれ捕囚民となった。バビロニアはユダに王がいなくなったので自国に都合の良い王としてエホヤキムの叔父ゼデキヤを擁立した。この王は、どうもリーダシップを発揮するような王の威厳を持ったタイプではなかったようだ。

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コーヘレトの言葉の最終章が意外な比喩で満ちていた。

コーヘレトの言葉(かつては伝道者の言葉と言われた。)の最終章の個所が隠喩、暗喩で満ちていたことをご報告する。これを知らなければこの個所の理解はむつかしい。

少し長いが引用する。(これは中央公論社、旧約聖書、中沢洽樹訳、もともと世界の名著シリーズにあったものである。この翻訳は名訳といえるのではないか、人間臭さ、こなれた日本語である。)

私は知らなかったが、この翻訳の最後の方に注釈があり、その注釈に書かれている。この年になるまでこのことを知らなかったのである。またこの個所は何か預言でもしているのかという気がした。しかし、この個所は老境から死に至るまでを隠喩で歌った有名な歌だという事だ。あまりの無知をさらけ出すようだが、多分知らない人もいるので共有したいと思いここに掲載させていただいた。この本をもっている方はそこを参照していただければいいのである。

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最近の自殺と聖書の言葉

最近の自殺について聖書から見つけた言葉

慰めのある言葉を見出す。聖書はいつも突然深い衝撃を与えてくれる。それはその人にしかわからないのかもしれないが、一つ一つの言葉が普通の言葉ではない。誰も言わないことを言うのである。また語られている言葉がいつも重く、しっかりとしている。どうでもいいようなことは一つもない。そういう言葉が見つかった。

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旧約聖書、詩篇11の義人は何をしたのか?

ヘブル語の勉強をしている中で詩編も連続的に最初から勉強中である。今は先生がいないので、ヘブライ語聖書対訳シリーズの詩編と月本昭男「詩編の思想と信仰」、岩波版「旧約聖書、詩篇」などを読んで勉強中である。心にひっかかる詩編を見つける。

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種まく人

種をまく人

詩編126編5,6節

涙をもって種まくものは、

喜びの声をもって刈り取る。

種を携え、涙を流して出ていくものは、

束を携え、喜びの声を上げて帰ってくるであろう。(口語訳聖書)

これは126編の中では強烈に響く、人の内面に深く刺さるように伝わってくる言葉だ。

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インマヌエルの含蓄

インマヌエルという言葉

この言葉はイザヤ書に出てくる。この不思議な言葉。7章14節

「それゆえ、、主自ら、あなた方に一つのしるしを与えられる。見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を生み、その名を『インマヌエル』となづける。」

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災いの日には神を見よ!

コーヘレト書(7章13から14)

(月本訳、岩波版旧約聖書)

神の業を見極めよ。
彼が曲げたものを、だれがまっすぐできようか。

幸いの日には幸いであれ、
災いの日には(災いを)見つめよ。

人間が後のことを何一つ見極め(られ)ないようにと、
神はあれもこれも作り出したのだ。

(日本聖書協会、1955年改訳)
神のみ業を考えてみよ。
神の曲げられたものを、
だれがまっすぐにすることができるか。

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イザヤの発見した神のイメージ

イザヤ書40章、10,11から

見よ、主なるヤハウェを。

彼は力を帯びてこられ、

ご自身のためにその腕が統べ治める。

見よ、彼の報いは彼とともに、

またその報酬はその前にある。

彼は羊飼いのようにその群れを飼い、

その腕に子羊たちを集め、懐に抱き、

乳をのませる羊たちを導く。

(岩波版、旧約聖書Ⅶ、イザヤ書、関根清三訳)

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どれだけ混乱が広がるのだろう。打つ手がないようにしか見えない。

イザヤ書40章6節から、(日本聖書協会、新改訳)

「呼ばわれ」というものの声がする。

私は「なんと呼ばわりましょう」と答えた。

「すべての人は草、その栄光は、みな野の花のようだ。

主の息吹がその上に吹くと

草は枯れ、花はしぼむ。

真に、民は草だ。

草は枯れ、花はしぼむ。

だが、私たちの神の言葉は永遠に立つ」

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