毎日食べる食品の経済構造

村井吉敬、「エビと日本人ⅱ」ー暮らしの中のグローバル化、岩波新書、2007第一刷発行(私の読んでる本は2016年第9刷で結構売れている新書の一つである。)

この本は、鶴見良行の「バナナと日本人」などと同じグループの作品で、「エビと日本人」岩波新書1988年発行の続である。鶴見良行の「ナマコの眼」などがある。鶴見良行氏は94年68歳で亡くなられた。彼は小田実などのべ平連などにも参加していた。今はカツオ、かつお節研究会というのがあるそうだ。バナナもナマコも国際商品である。この具体的商品を通じてアジアの貧しさというものの正体を解明したいというのが彼らのグループの本意だったようである。要するに大所高所の大学での理論的なもので「世界」がわかるか、という疑問から、ミクロ世界のフィールドワークを通して「世界」を理解しようという手法をとった。鶴見氏には「フィールドワーク」という本もある。鶴見俊輔、鶴見和子はいとこである。鶴見氏のことを書くわけではなく村井氏の関係としての枠組みを知っていただきたかった、ので簡単に説明を入れた。

エビと日本人ⅱの内容

これは前回の「エビと日本人」の時に行った先とか、その後のエビの状況は変わったのかとかデータを新しくするなど、また現地の人々の様子の変化、あるいは、このような考え方を理解して若い世代が何かできるのかというような事である。最初の時の本とは違ってあまり緊張感はなく、話が始まる。

私としては

この書が書かれている地域は大体がインドネシアである。その他の地域もあるにはあるがこのインドネシアが主たる地域であり、そのインドネシアと言っても大体は地図で言えば右サイド、東側が多い。バリ島のスラバヤ近くのシドアルジョという都市が話題の中心である。インドネシアは西から東へ長く連なっている島でできている国である。西はインド、マレーシア、シンガポールに近い、東はカリマンタン、スラウェシ、そしてパブアニューギニア、オーストラリアとなる。

私自身はジョクヤカルタという大都市に一度行ったきりでインドネシアを知っているというわけではないが、あの暑い国に何か親近感を覚えていた。そこにシャープの家電工場があり仕事で行った。日本人も10数名いたようだ。当時は台湾の会社にシャープが身売りする頃だったので会社としてもなかなか厳しい状況だった。商社の人たちもその中で仕事をしている。もはや猛烈社員ではない時代の人たちである。安く作って日本に持ってくるという時代は終わっている。安い賃金による収奪というよりも、雇用の観点から見て良い方向のように見えた。彼らは現地化、現地でどれだけシャープというのブランドを売っていけるかという勝負を韓国のメーカーとしていた。彼らは我々くらいですよ、いろんな島までメンテナンスに行けるのは、と自信をもって語っていた。ほかの外資のブランドは問屋に卸すだけでそんなことはしていないという。

そんなこともあり、何度でも行ってみたいアジアの国の一つである。マレーシア、シンガポール、インド、問題のミャンマーなどは非常に近い。

もう一つこの本を読むのは私自身がウナギの養殖に関係していたということもある。会社に入って2年目くらいに新規事業課というところへ異動となったのだが、そこですでにやっていた工場の温排水での養殖事業としてウナギの養殖を会社がやっていた。その担当になった。これは大変な仕事であったが、5,6年くらいはやっただろうか。相当に詳しくもなった。その問題とここで語られているエビの養殖問題はいろんなところで似ているのである。我々の時代は台湾との競争、その後は中国との競争があって、台湾では水産会社が現地で加工して、冷凍して日本の倉庫に在庫する。夏にはそれを売りさばく。しかし売れ残るものもある。そういうものは翌年スーパーには安く売りだされる。当の工場でも病気が発生し何万匹とウナギを処分せざるを得なかったことがある。またフランス産の稚魚というのが一時出回った。これはしかしうまく育てることができなかった。そういうこともありこのエビの話は親近感がある。またそこから国際商品としてのこの種のものをどのように扱い本質的な理解へ進むことができるのか、そういう学問的処理には非常に興味を感じるところであった。

内容

前置きが相当長くなったが、テーマはマングローブとエビの養殖である。

このインドネシアを中心として海岸には熱帯特有のマングローブがある。このマングローブを伐採して養殖池を作るというのがインドネシアのやり方であった。そのために津波などの被害がより一層ひどくなったようである。またこのマングローブは金のなる木ということだ。それは木炭にして日本へ売るということだ。そのためもあって伐採の比率は増える一方のようである。このことはフィリッピンやベトナム、タイでも同様である。

また、養殖池のほうはエビといってもブラックタイガーが前著の時にはほとんどだったが、高密度養殖のために病気が蔓延し、台湾でほぼ全滅した。その後インドネシアでも病気が発生し今ではニカラグアで生まれた原産種のバナメイというエビがほとんどとなっている。また前著の時には日本が世界最大の輸入国であったが、その地位は大きく落ちたと書かれている。今では7,8位くらいか。その理由の一つは、日本人の家庭料理としてのエビの料理はほとんどがフライか天ぷらだそうだ。現代の家事をつかさどる方はこのてんぷらとフライという油を使う料理を非常に嫌っているそうだ。そのためにほとんど伸びないとニッスイの担当者の言。ところが中国は経済成長と伴って非常に増えてきている。またアメリカや諸外国は料理の方法が多種多様であり、そのために伸びているようである。

ここでの問題は、一つは労賃の問題である。非常に安い。これが書かれた当時の価格で一日125円というのがある。それに政治誘導型の産業構造により政治家の一族が大企業を経営し、こういう養殖事業にも手を出している。そのことで大規模化が図られると自然破壊が一層深刻になってくる。またこの高密度養殖は薬を使うことが多い。特に抗生物質。これがある特定以上になると人間にも害をあたえることになるという。当然である。

現在厚生労働省でも輸入品の検疫を行っているがその種のものが発見される例もある。

結論として

エビという一つの商品を通して、世界を知る。世界を知る方法を見つける。ある意味方法論である。適切な商品があればもっとよりよくわかってくるということも言えるが、これはバナナに次いで世界の構図がよくわかるものではないかと考えられる。インドネシア、タイ、ミャンマー、マレーシア、バングラディシュ、インド、パキスタンなどという国々は貧富の格差が大きく底辺労働者は毎日、毎日大変な思いで働いている。それが、彼らのとったエビは先進国では10倍以上の値段で売られている。エビで働いているものは食うや食わずの生活、それを食っている人は豊かな人たちである。この陰影を明確にしてきたということはこの村井氏のおかげである。問題はあるだろうな、というあいまいな想定よりもより具体的なアジアから先進国という明確なデータで我々に教える。それこそフィールドワークである。インタビューとデータの採取である。いちいちの場所まで行き聞いてみて感じたことの集積である。非常に現代の問題がわかりやすい。我々は何をしているのか。これがわかる。ここに書いてある事がすべてではないにしても自分なりにいろんなことを調べるきっかけになるだろう。

今技術研修生のベトナム人が日本で捕まっている事件などある。こういうことも実際よく掘り下げて自分で調べてみなければ実態がよくわかってこない問題だろうということがこの本を読んで痛く感じるところである。

ナマコから見たアジアの経済

鶴見良行「ナマコの眼」筑摩書房、ちくま文庫、1993年第一刷発行、

この本は、前回の「エビと日本人ⅱ」の村井吉敬と同じグループで書かれた「バナナと日本人」の著者である鶴見良行が書いた本である。

(このブログを読んでる方の中にはアメリカやオーストラリアの方もいるようで、当地にもナマコの料理があるのかもしご存じであればメールでもいただけると感謝です。)

この本の概要

ナマコを通してアジア全体の歴史的、社会的、技術的、民衆生活史的、交易史的つまりアジア全体の歴史がよくわかるということである。「歴史」というのもすでに近代のヨーロッパの文化的影響を受けているわけで、大体が植民地を建設したあるいは植民地支配を強行した側の支配者の「歴史」となっているのでその見方ついては、その価値観を客観化しておく必要がある。しかし今までそうは言っても歴史資料というのは大体が支配者のものであった。多くはイエズス会の宣教師たちのローマへの報告だ。それが我々の「歴史」かというとそうではない、とこの本は語っている。それは「歴史」と言えないのであるが、逆に公定の歴史学をひっくり返すような見方をこの本は提示している。実に面白く、実に批判的にこの本の向かう先はどこまで行くのだろうというワクワクした感じさえある。早くお亡くなりなったのが悔やまれるところだ。またこの種の学を継いでくれる人たちがいるのかいないのか、そういうこともよくわからない。村井吉敬氏がリードしているのか。

この流れは一つには網野義彦氏の歴史学があり、そのほかでは「ハーメルンの笛吹き男」を書いた社会史の阿部勤也氏の流れに似ているが、相当違っている。この辺りの事情については解説の狩野正直氏が少しだけ語っていて、網野義彦には親近感があるという。(こんなことを言ったら怒られるかもしれないが、その知識、博学については司馬遼太郎をしのぐだろう。比較するのはどちらにも失礼かと思うが。)

内容

これはなまこという海産物の取り方、地域、料理の仕方、干したり、戻したりの調理法などからアジア全域で交易があったことを丹念に調査したものである。単なる調査ではなく、アジアの歴史的、社会的問題を深くえぐり取るための調査なのでありかつ上にも述べたように今までの学問をひっくり返すような力技が奥深くしまわれての調査である。

最初は太平洋の島々でのナマコの採取と調理法が取り上げられる。またその交易ルートなど。その後はインドネシア周辺に移動して、これが植民地時代にどのように取り扱われたか、植民地支配の眼が逃れていたのか、そこから北東アジアにいき、日本、韓国、ロシア、中国のこの料理をめぐっての大交易、とその関係を探っている。日本では松前藩がこの商品をどうもアイヌから奪ったようで、このアイヌから奪った製品を中国へ密輸していたようだ。また、これを通常のルートでは長崎へ日本海ルートで持ち込むのである。そこから実際は正規ルートとして輸出が行われ、基本的には中国、香港の金持ちの口に入るようだ。中国はやはり山海の珍味が好きと見えてこの大需要先である。また日本では、明治以降潜水具をつけての取り方があったがあまりに乱獲されるので禁止されているが、日本が韓国へ出兵した時にはナマコ漁師がどうもついて行っている。そこで韓国のナマコをごっそりと乱獲したようだ。水産関係者が軍にくっついて食料を供出するのは日露戦争あたりから学んだことだという。また明治以降あまりにナマコが売れるので中国ではどのような料理の仕方があるのかとかどの地域で売れているのかという、官の調査があったようだ。

この本の白眉は

第三部、東インド諸島の人々、マカッサル海峡という個所ではないか

マカッサルナマコ文化圏という言葉を使っている。マカッサル海峡というのは、フィリッピンの南、カリマンタンとスラウェシとの間にある海峡である。またマカッサル港というのがあって、東インドネシアで最大の交易港だ。またここの住民は何か生き生きとしているという。このほかには有名なマラッカ海峡がありこちらは植民地と資本主義を支えた海峡である。要するにここでナマコを主として採取し乾したりして(干しナマコをいりこ、という、例の小魚の乾したものとは違う。)海外特にアジア全域、および中国向けの輸出商品として扱って交易をしていた人々がいたのである。この領域が鶴見によれば植民地主義が通用していない領域だという。その植民地主義からは関係なくアジアの中で交易が生まれてきているのである。また昭和12年に南洋庁の依頼により高山伊太郎という人が真珠貝の調査でこの近辺に来ており、ナマコについても書いている。彼は技術士としてマカッサルというところがこのナマコの生育には非常に良い環境だとしている。彼の調査は徹底していたようで、これほどの真珠貝の調査は見たことがないと鶴見は言う。

以上詳細は省くが、いずれにせよ、現地のフィールドワークおよびありとあらゆるところからの持ってくるところの文献、宣教師の報告、イギリス本国への官僚の報告などを駆使してインドネシアのマカッサルナマコ文化を解明してるのである。

また彼の調査はわかりやすく言えば、江戸城を作ったのは太田道灌だという歴史教科書の発想から全く離れており違っている。其れは大工であり、民間の労働者であった。その労働者はどういう階層であったか?そこに外国人はいたのか、どういう技術があったのか、いくらぐらいの賃料を払っていたとかそういう細かい研究である。

読後

この本ははっきり言って非常に長い(索引を入れると600ページ以上)うえに、アジアの特にインドネシアの東地域の名前が非常に多く、グーグルマップやグーグルアースがないとわからないだろうとおもう。これがない時代の読者は大変に困ったと思う。日本にそういうところの地名が詳しく乗っている地図はほとんど売っていない。

自分でこの地域を歩くというような事は多分この時期も含めて将来も相当にむつかしく思われる。だからせめて鶴見とともにこの地域を歩いているような感慨にさせてくれることはありがたいと思う。そして歴史の見方を根底から変えてくれる。そしてこういう見方が非常に面白い上に現代日本を考えたり、われわれの今までの教育というものの限界、そういうものの刷り込みによるイメージを大きく変えてくれることになるだろうと思う。またこういう勉強というものに希望でてくる。名も知れぬ人たち,海民というのは日本でもそうだが農民、コメ主体の日本人世界では長い間忘れられた人々であった。そのうえナマコである。これもマグロは論じられるがナマコは論じないということである。彼はこういう忘れられても仕方ないような商品にヒントを置いて世界を理解するすべを見つけた。大変な業績と思う。是非一読をと願う本の一つである。

この本は、3分の2はすでに読了していた。それも何年か前に相当時間をかけてやっとである。しかしここで最後のほうを一気に読んで彼の著作の意図というものがはっきり分かったところである。

エルドアンのトルコ

「エルドアンのトルコ」ー米中覇権戦争の狭間、中東では何が起こっているのか、松富かおり著、中央公論社、2019,7月発行

この本はトルコを一応は中心としたケーススタディをしながら世界の問題を扱った本といえよう。簡単に言えば、米中覇権戦争、あるいは新冷戦といわれる今の状態の中でトルコは政治的にどういう動きをしようとしているのか、ということが書かれている。

最近の新聞で概略を知ることができる

日経新聞は3月23日の朝刊で「リラ急落」「トルコショック再来懸念」の大見出しでトルコの問題点を簡単に説明している。リラ急落は中銀総裁更迭によって、引き起こされた。インフレ抑制のため金利引き締め策を継続していたが大衆の支持を得られないとして、中銀総裁を更迭新任のカブオジェール氏は金融緩和策論者である故また再びインフレによるリラ下落が起こるのではないかと不安からリラ売りが始まる。この影響はどの程度かはまだ予測不能であるが新聞では限定的と書かれていた。いずれにせよ経済的に行き詰まっている。またNATO加盟の同盟国であるがロシア製地対空ミサイルを買う、また人権問題でもアメリカバイデン大統領が問題視しており、大統領就任後も電話会談すらできない状況であるという。不支持率も最近では大きくなっており、相変わらずの人気取り政治もうまくいかないようである。

なぜトルコか

上述したように非常に地政学的には重要なところにいるにもかかわらず、その政治方針たるや行ったり来たりであり、多くは非常に矛盾していることが多い。トルコは一帯一路構想にも乗り、中国との関係をよくしようという動きがある一方、NATO、EUに所属するという政治志向がある。とくにトルコの家電製品はほとんどがヨーロッパ向けである、という。特に商社の方からそういう話を聞いたことがあるのでトルコという国の実情というものをよく知ろうと思った。しかしその後、トルコでサウジカショジ記者殺害事件をいち早く首謀者はサウジ関係者であると国際的に表明した、とか最近ではDVのイスタンブール条約の加盟国脱退(21,03,23日経新聞朝刊)というとんでもないことをする国でもあり、IS問題では彼らに原油を売っていたという事実、それも大統領の息子が絡んでいたとか、つまり日本と親しいトルコであるなどといういい加減な知識ではトルコをある程度理解したとは言えないだろうと思っていた。

内容について

1,エルドアン大統領の政治手法について書かれているということだ。つまりポピュリズムという政治手法というものもいろいろある。この本の最初は、偽装、軍事クーデタ、クーデタ未遂事件である。2016年に起こったクーデタは実際誰がやったかは全くわからないまま終了、最期にはエルドアンが出てきて軍事クーデタに勝利したという宣言をして人気を回復していた。

今にして思えばポピュリズムの最たるものだった。この後に政治的粛清が始まり公務員の何万人という人たちが退職させられたり、逮捕されたりしている。また、宿敵かギレン氏というある意味の思想家、教育者がトルコで非常に影響力を持っている。法の支配、正義をまともに追求しようという考え方であるが、この人が関与した学校をほとんど閉鎖した。また公務員の中にもそのギュレン氏(ギュレンムーブメント;イスラムの世俗化、政教分離主義、当初はエルドアンも影響を受けていたが、最後には決別、対抗していく)の影響を受けたと思われる人たちは逮捕、職場追放の憂き目にあっている。

2,次には米中の覇権戦争、新冷戦状況にロシア、シリアの紛争,IS問題、またイスラムのシーア派スンニ派の争い、イランの経済制裁問題などが絡んで、どういう立場をトルコは取るべきなのか、という非常ににむつかしい選択を政治的脈絡なく行っていく経路が語られる。先に書いたように中国に付くかと思えば、ロシアとは戦闘機撃墜事件で争いつつ、最後は謝罪し、手を結んだり、NATO所属の同盟国でありながらロシアの武器を買ったりして西側諸国から非常に不安視される行動を取っている。また核問題で経済制裁を受けているイランとは非常に親交があり石油はある程度買ったりしてる。これも西側から問題視される点である。

一貫した政治的な思想があるのかというと簡単な分析ではよくわからないのではないかと思う。しかし如何にポピュリズムでも日替わり政治というわけにはいかないとは思う。しかし背後にいる保守的イスラムの支持基盤が大きく左右しているのだろうと思われるがそのあたりの背後についてはほとんど書かれていない。何となく悪者権力者エルドアンといった感じではある。

最後に

この本はトルコを中心とした政治情勢の変化を細かく書いているが、著者が言いたいのはどうも米中の覇権戦争、新冷戦という二つの国の対抗の中にあって中堅の国々の取る政治的立場というのは非常にむつかしい、ということだろう。(ニューノーマル状況と書かれている。)またロシアというプーチンの準大国の存在感、その横やりやイスラムの思想的問題、民族問題が重なってトルコの政治的選択が複雑化する一方のように見える。

この問題は、アメリカ大統領がバイデンに変わってからより鮮明になってきていると考えられる。3月18日米中外交のトップ会談がアンカレッジで開催、「米中外交トップいきなりの衝突」(21、03、20朝日新聞朝刊一面)の見出しで激しい言い争いになったことが記事となっておりその後すぐに「欧米中国に一斉制裁」(21,03,24朝日新聞朝刊3面)とあり中国のウイグル自治区の抑圧問題で西側が結束した。「中ロ反発むき出し」と強い見出しとなっている。今後この制裁問題がどのように変化するのか、中国の動きなど目が離せないだろう。

エルドアンのトルコの選択

「エルドアンのトルコ」ー米中覇権戦争の狭間、中東では何が起こっているのか、松富かおり著、中央公論社、2019,7月発行

この本はトルコを一応は中心としたケーススタディをしながら世界の問題を扱った本といえよう。簡単に言えば、米中覇権戦争、あるいは新冷戦といわれる今の状態の中でトルコは政治的にどういう動きをしようとしているのか、ということが書かれている。

最近の新聞で概略を知ることができる

日経新聞は3月23日の朝刊で「リラ急落」「トルコショック再来懸念」の大見出しでトルコの問題点を簡単に説明している。リラ急落は中銀総裁更迭によって、引き起こされた。インフレ抑制のため金利引き締め策を継続していたが大衆の支持を得られないとして、中銀総裁を更迭新任のカブオジェール氏は金融緩和策論者である故また再びインフレによるリラ下落が起こるのではないかと不安からリラ売りが始まる。この影響はどの程度かはまだ予測不能であるが新聞では限定的と書かれていた。いずれにせよ経済的に行き詰まっている。またNATO加盟の同盟国であるがロシア製地対空ミサイルを買う、また人権問題でもアメリカバイデン大統領が問題視しており、大統領就任後も電話会談すらできない状況であるという。不支持率も最近では大きくなっており、相変わらずの人気取り政治もうまくいかないようである。

なぜトルコか

上述したように非常に地政学的には重要なところにいるにもかかわらず、その政治方針たるや行ったり来たりであり、多くは非常に矛盾していることが多い。トルコは一帯一路構想にも乗り、中国との関係をよくしようという動きがある一方、NATO、EUに所属するという政治志向がある。とくにトルコの家電製品はほとんどがヨーロッパ向けである、という。特に商社の方からそういう話を聞いたことがあるのでトルコという国の実情というものをよく知ろうと思った。しかしその後、トルコでサウジカショジ記者殺害事件をいち早く首謀者はサウジ関係者であると国際的に表明した、とか最近ではDVのイスタンブール条約の加盟国脱退(21,03,23日経新聞朝刊)というとんでもないことをする国でもあり、IS問題では彼らに原油を売っていたという事実、それも大統領の息子が絡んでいたとか、つまり日本と親しいトルコであるなどといういい加減な知識ではトルコをある程度理解したとは言えないだろうと思っていた。

内容について

1,エルドアン大統領の政治手法について書かれているということだ。つまりポピュリズムという政治手法というものもいろいろある。この本の最初は、偽装、軍事クーデタ、クーデタ未遂事件である。2016年に起こったクーデタは実際誰がやったかは全くわからないまま終了、最期にはエルドアンが出てきて軍事クーデタに勝利したという宣言をして人気を回復していた。

今にして思えばポピュリズムの最たるものだった。この後に政治的粛清が始まり公務員の何万人という人たちが退職させられたり、逮捕されたりしている。また、宿敵かギレン氏というある意味の思想家、教育者がトルコで非常に影響力を持っている。法の支配、正義をまともに追求しようという考え方であるが、この人が関与した学校をほとんど閉鎖した。また公務員の中にもそのギュレン氏(ギュレンムーブメント;イスラムの世俗化、政教分離主義、当初はエルドアンも影響を受けていたが、最後には決別、対抗していく)の影響を受けたと思われる人たちは逮捕、職場追放の憂き目にあっている。

2,次には米中の覇権戦争、新冷戦状況にロシア、シリアの紛争,IS問題、またイスラムのシーア派スンニ派の争い、イランの経済制裁問題などが絡んで、どういう立場をトルコは取るべきなのか、という非常ににむつかしい選択を政治的脈絡なく行っていく経路が語られる。先に書いたように中国に付くかと思えば、ロシアとは戦闘機撃墜事件で争いつつ、最後は謝罪し、手を結んだり、NATO所属の同盟国でありながらロシアの武器を買ったりして西側諸国から非常に不安視される行動を取っている。また核問題で経済制裁を受けているイランとは非常に親交があり石油はある程度買ったりしてる。これも西側から問題視される点である。

一貫した政治的な思想があるのかというと簡単な分析ではよくわからないのではないかと思う。しかし如何にポピュリズムでも日替わり政治というわけにはいかないとは思う。しかし背後にいる保守的イスラムの支持基盤が大きく左右しているのだろうと思われるがそのあたりの背後についてはほとんど書かれていない。何となく悪者権力者エルドアンといった感じではある。

最後に

この本はトルコを中心とした政治情勢の変化を細かく書いているが、著者が言いたいのはどうも米中の覇権戦争、新冷戦という二つの国の対抗の中にあって中堅の国々の取る政治的立場というのは非常にむつかしい、ということだろう。(ニューノーマル状況と書かれている。)またロシアというプーチンの準大国の存在感、その横やりやイスラムの思想的問題、民族問題が重なってトルコの政治的選択が複雑化する一方のように見える。

この問題は、アメリカ大統領がバイデンに変わってからより鮮明になってきていると考えられる。3月18日米中外交のトップ会談がアンカレッジで開催、「米中外交トップいきなりの衝突」(21、03、20朝日新聞朝刊一面)の見出しで激しい言い争いになったことが記事となっておりその後すぐに「欧米中国に一斉制裁」(21,03,24朝日新聞朝刊3面)とあり中国のウイグル自治区の抑圧問題で西側が結束した。「中ロ反発むき出し」と強い見出しとなっている。今後この制裁問題がどのように変化するのか、中国の動きなど目が離せないだろう。

スンニ派シーア派を知る前に

「イスラーム思想史」井筒俊彦、中公文庫1991年発行(原著は1941,1948.1975年に書かれたものを一冊にした。)

なぜこの本を読むのか

アラブ諸国は、スンニ派、シーア派と別れているという。そのことによる政治的対立もある。シリアはシーア派でイランとは親しい。しかしサウジアラビアとは敵対関係である。一応そういう対立のあることは置いて、実際どんな教義の違いがあるのだろうか、という素朴な疑問からこの本をとる。多くの人もこの色分けについて何が違うのかというような疑問を持っているだろうと思うが実際のところ辞書的説明では非常にわかりにくいといえるのではないか。そういう問題意識を持って読み始めるが、実のところその違いについてはほとんど触れていないのである。

本の概略、この書の書かれ方

ムハンマドがコーランを書いてからその死後、このコーランの教義が実際の現実にどう適用していったらよいのかという大衆の疑問に答える形でこのイスラームの思想は形成される。

大よその流れは、1、弁神論(神学)2,神秘主義3,哲学(ギリシャの影響)時期的には7世紀から12世紀くらいまでの時期といえる。

「イスラ-ム思想史」と名づけられているが思想の歴史ではない。イスラームの初期の7世紀から12世紀あたりまでの思想の潮流というものであり、思想が時代ごとに変化していった、というものではない。代表的思想の潮流を追うことによって、イスラームの本当の姿に触れることができるようになっている。

また、読み忘れるところになりそうに最後に付録が付いている。「汝はそれなり」という論文がある。これは著者が学士院の会員になった時に発表された論文でのちに雑誌「思想」に全文が掲載されたものである。また書かれた時期も1941年、48年と別の時期の論文を集めて一書にしたものである。

またこの本を読むとわかることがある。それは著者がイスラーム神秘主義というものを非常に大事にしているということである。この神秘主義によってイスラームの思想は深まり大きく成長していったということを表明している。先ほど触れた付録は、神秘主義の代表者バスターミーの論理、と哲学と彼の神秘体験を事細かく描写している。またこの神秘主義がインド思想と深く関係していることが明かされる。

この本の驚くべき一面

この本の重要な箇所は、6世紀から12世紀のあたりでシリアを中心として、ユダヤ教、キリスト教、そしてギリシャ哲学(アリストテレス)の長い交流の歴史をその背景に持っているということである。そこを中心テーマとして書いているわけではないが、その交流史については非常に興味をそそられるところである。少し垣間見えるのは、キリスト教の医師=知識人がアラビア周辺にたくさんいたようである。彼らはなぜそのように東方にいたのかはわからないが、推測されるとすればローマの弾圧を逃れてきた人たちということも言える。彼らがギリシャ語の哲学や医学書を翻訳して、哲学や医学ををアラビアにもたらす。また、禁欲的キリスト教神秘主義などの集団(グノーシス派なのか?)からの影響もあった。だからこのイスラームとユダヤ教、キリスト教は似ているのである。アラーの神というのは本来は3宗教の同じ神を言っているはずである。また井筒氏特有の点は神秘主義に非常に詳しい。神秘体験ををつまびらかにしている。

本の内容

1)弁神論

神学が形成されるということは、ムハンマドが生きていた時代はすべて彼に相談したり聞けばよかったのであるがいなくなった現実ではそのような考え方を持つべきであるか、コーランは著者は多くの点で矛盾をしているという。そのいろんな矛盾を整合性良く考えて生活していくことが必要なのでこの神学というものが形成されたという。

その神学とは、神は唯一であるとか、目や耳があるとか、能力とは何か、あるいは神の永遠性とは何か、コーランの位置づけなどをめぐっている。多分私の考えだがコーラン自体が、量的には非常に短いものである。あまりに日常生活の多様性については答えてくれない。その理由からこういう神学なるものが出てきたのである。よく言えば日常に一般の人たちが疑問に思うようなことを素材にして論理的に構成されているといったほうがいいかもしれない。しかし神の概念一つとっても反対する人たちはいるし、コーランの位置づけやムハンマドの範例や慣行の位置づけをめぐっても種々雑多な派ができている。さらに言えば色んな派ができやすいともいえる。著者はそれを細かく説明している。

2)神秘主義(スーフィズム)

その次に重要な考え方が出てくるのが神秘主義なのである。これは、神学とともに解釈専門の学者としての法学士がいるが、こういう人が増えてくるにつれて、枯渇した信仰儀式化した信仰という問題が表面化してきて、もう一度生き生きとした信仰を取り戻したいということから神秘主義が生まれたようだ。信仰とは深い個人の体験だとしてそういう体験を目指すようになる。その第一人者がガザーリである。彼らのことをスーフィズムという。来世的、から隠遁的、(これはキリスト教修道者の影響があるという)そして難行苦行の末に神に出会う。忘我、法悦の境地になるなどの修行のそれぞれの段階があり、究極的には自己に死に神に生きる、というところまで達成することを目標とする。

ここで二つの派に分かれる。一つは陶酔の境地に生きる人たちの派と神秘主義を個人のものとして、外面的には社会との調和の中に生きる派とが分かれる。

著者によればこうして遠き神が近き神になる、という。そういう考え方そのものがイスラームという宗教により生き生きとした力と深みを与えてきた、といわれている。

付録にある、「汝はそれなり」、という表題の論文はバスターミーという著名なイスラーム神秘家の具体的な神秘体験とその思想がインドの思想の影響を受けていたということを証明している。また彼の壮絶な神秘体験は非常に興味深い。そして考えさせられる。これこそイスラームを知るためのきっかけになるかもしれない。解説者はこの論文は非常に重要だとしている。確かに。

3)哲学

その後に続くのは、ギリシャ哲学からの影響による、神秘主義を克服していこうという潮流である。この思想は最後は哲学があればイスラムはいらないというところまで来るのである。細かいことは本文を読んでいただくことにするが、ギリシャ哲学のアリストテレスの影響というものが、シリアキリスト教、ネストリウス派のキリスト教などの知識人=医者によってギリシャ語からの翻訳がたくさん出てきた。このことによって論理的であることがアラビア人にとっても必要になってきた。ここに、ヨーロッパ思想界にも影響を与えるような人たちが出てきたのである。ここでもたくさんの宗派ができた。

スンニ派とシーア派

もう一度スンニ派とシーア派の問題へ話を移すとイスラームはあまりにもたくさんの宗派ができすぎているのである。だから大きく分けてこのスンニ派とシーア派という分類はある意味敵か味方をはっきりさせることができるものといえる。

また、ムハンマドの死後、コーランとムハンマドの範例と慣行だけでイスラームの体系的神学を作るのはなかなかむつかしい時に、基本的に誰の教えが正しいのかまたはだれに正しい教えを聞くべきかという後継の正当性の問題が発生したのであるが、その正当性についてムハンマドの娘の夫アリーが正当性(カリフとなる)の根拠となったのがシーア派なのである。(シーア・アリー、アリーに従え)しかしこれには反対派がたくさんいてすぐ彼は暗殺されウマイア朝が成立する。一方スンニ派は世襲の後継者は必要がなく、ムハンマドのコーランと範例と慣行(スンナ)およびキャース(言葉の意味を類推し解釈する)とイジュマー(多数の法学者の一致に従う)というのが基本の考え方である。これがスンニ派の宗教法学だ。ある意味合理的であって従いやすい考え方であるように見える。このスンニ派が人口比では圧倒的に多い。90パーセントといわれている。

宗派がたくさんあるのはなぜか

要するにこのイスラームというのは宗派がやたらに多い。そこが特徴といわれるくらいだ。なぜそうなるかというのはムハンマドのコーランがある意味整合性が取れていなくて矛盾も多いことからくるのではないだろうか。また、キリスト教、ユダヤ教、ギリシャ哲学などの影響、さらに言えばインドの思想などの影響が無視できないレベルにあるだろう。これは彼らの地域が東西の交流点であり、商業がそういう意味で発達していたので思想、文化も駱駝とともにやってきたのである。そういう影響のもとコーランやムハンマドの現行、範例などを解釈する必要から考え方が種々変わってくるのでどうしても多くなる。またどちらの派にせよ法学士という解釈者が権威を持っているので、考え方としては大衆は従わざるを得ない。また著者によれば、歴史の中で多くの外からの思想的、文化的挑戦を受けてきて多様にかつ大きく、深くイスラームが成長してきた、という。

最後に

この本は最初はスンニ派やシーア派について知りたいと思って読み始めてみたが、そういう宗派についてはもちろんであるがイスラームの考え方の特性が浮かび上がって理解されるような感じがする。そのことによって国際政治のわからなかった部分にも少しは自分なりの見方ができるかもしれない。

特にこの井筒氏は国際的にもイスラーム学の大家であり、日本にこういう人がいたということはありがたいというしかない。日本語でこういう一級のレベルの本が読めるという幸せを味わいたい。あとがきには30以上の古典語と近代語をマスターしているという。また問題意識は彼の幼少の頃の修行から来てるようだ。そのことによる自分の実存の問題関心から古今東西の宗教的事象に主体的取り組んだようである。ある意味実践者が自分の修行のために学んできたことと言えるのかもしれない。だからこそ、イスラーム神秘主義には非常に詳しいし温かいまなざしが向けられている。

敗戦国日本の精神

ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」下、岩波書店、2001年発行、2002年までに11刷

この本はジョン・ダワーという日本研究の歴史、政治学者の人の手になる。彼は1938年生まれというから現在83歳マサチュセッツ工科大学教授と奥付には書いてある。彼は日本の翻訳の中では「吉田茂とその時代」(上、下)TBSブリタニカや「転換期の日本へ」共著、NHK出版、「忘却の仕方、記憶の仕方」岩波書店、「アメリカ暴力の世紀ー第二次大戦以降の戦争とテロ」同出版社などがある。これらの翻訳の中では一番読みやすい本ではないか。

一応下巻だけについて書く

この本の内容は奥が深く種々の問題をテーマにしているように見える。現代につながる政治状況、憲法問題、また、責任問題=これは上官の命令はどんな悪でも従わなければならないのかという問である。個人が主体的に選び取る倫理観が問題になる状況で西欧の連合国は上司の命令があったとしても実行者を許さないという観点での法的制裁を科した。これはナチスの時のイスラエルでのアイヒマン裁判でハンナ、アーレントが批判した内容と同様である。日本人の多くが各戦地で戦争裁判行われたが、自分は上官に騙されたという手紙を家族宛てに書いている例が多いようである。この個人の主体性の問題は戦後の政治過程でずーっと通奏低音のように聞こえてくるテーマでありこの本ではそのことを意図して書いてはいないが浮かびあがってくる重苦しい問題である。今でも上司に面と向かって反論できるサラリーマンはいるのだろうかとつまらない疑問も出てくる。特に社長にはどうかなど。

内容は、憲法制定問題、天皇の責任をどうするか、東京裁判(極東裁判)の問題、戦後の日本人の一億総ざんげ問題、などについて書かれている。

やはり一番の急所は、憲法制定問題であろう。全体として日米双方の感情に対しては非常に中立的な感じがして好感が持てる。また歴史観も公平であろうと努めているようにも見えて説得力がある。非常に良い本である、と思う。ある意味結論なき歴史という怪物に対してどのようにアプローチするかは非常にむつかしい。最初から観点や善悪が決まっているような固定的な作品ではない。非常に考えぬかれて書かれている。日本への見方は非常に丁寧だ。微に入り細に入り細かく。一般的には外国人の書いたものには紋切型が多い、日本人が書いたものには軍国主義批判的なものが多く浅薄な教条主義的であったり公式マルクス主義的なものが多い。私がうっすらと感じる著者の方法論は支配者の政治的決断の側と大衆の動向とその影響を丹念に見ながら、相互の影響やぶつかり合いを掬い取っている。大衆の動きに政治的支配者も敏感であり両者のパワーをうまく扱っている。

問題

戦後の日本の政治過程からどんなことが問題として残され今なお議論されることになるのか。ある意味日本に残された宿題としての問題が検討されている。

憲法問題

この本を読むと日本の憲法論議もむなしいとしか見えない。マッカーサーが日本の天皇と会い、この日本に天皇がいなければ駐留米軍のいなくなった後は大変な混乱をもたらすだろう、という彼の直感と政治的判断および当時のパワーポリティックスの歴史状況の流れの変化、つまり冷戦が始まろうとしていた時代状況がこの憲法を作らせたのである。

はっきり言えることは、米国の政治的価値を優先したため連合軍の極東委員会(ソビエトや中国も入っている。またオランダやイギリス、フランス)が設立する前にある意味左翼的でもあるくらいの民主的憲法を作成しておく必要があった。というのもほかの連合国は天皇には戦争責任があるとして日本の保守主義者、支配的地位にある政治家にとっては非常に厳しい状況が生まれつつあった。ところが日本側の憲法案作成者はこの時代状況を全く理解していなかった。そのために明治の帝国憲法の修正案を出してある意味お茶を濁した。一番政治状況を把握していたマッカーサーはこの修正案では天皇は生き残れないとして,GHQ内部で草案つくりを始めた。この草案はある意味非常に進歩的であった。またそういう人たちが集まっていた。(ただし専門家ではなかった。日本の憲法専門家は彼らを馬鹿にしていた。)

中身はともかく結論的に言えば、天皇を傀儡として生き残らせることによって日本国憲法は成立したのである。そのことによって吉田茂などの戦後の政治家、政治的保守層は安堵し、納得したのである。これしかないと。わたくしがみるにこれは二重の意味での問題があった。一つは天皇は米国に従う傀儡になった。この本には傀儡という言葉は使われていない。しかし傀儡としか言いようのない変換が起こったのである。米国の都合に合わせたのである。天皇は傀儡になるために努力もした。また天皇は皇室内部からの批判もあり自分からも退位しようという気持ちになったことがある。天皇も責任を取ろうとしたのであるが、結局この戦争の責任を取るものがいなくなってしまった。これは米国の徹底した考え方であり、極東裁判を通じて戦犯としての天皇には一切触れてはならなかった。

だから傀儡であることと責任をとることをしない(責任をとれない)ことによって二重の意味での問題を残した。

結果的にみればマッカーサーが日本の天皇を救い、日本を米国のシンパに作り上げた。そして共産主義から守った?のである。そしてその交換条件として世界に前例のないくらいに進歩的平和的憲法が成立した。(非武装の平和主義はパリ条約での前例がある、という。)その後国会での承認に関してはほとんど反対がなかったようである。これは反対票を投じても何ら問題にはされない状況でのことであった。

(その後4年後には朝鮮戦争が勃発して米国は30万人レベルの軍隊を作れと要求してきた。しかし吉田茂の知恵もありそれは回避したのである。)

余談であるが

憲法については一々について英語から日本語、日本語から英語の言いかえが必要であった。その時に日本側はいろんな言葉の抵抗を試みたようである。人々PEOPLEという言葉を国民のという言葉に置き換えた。これについては米国側がほとんど気が付かなかったということである。これがゆえに日本国民だけを相手とした憲法となったのである。朝鮮や台湾の人々は国民に入ってこないのである。

また9条についても日本側のレトリックがあった。どうとも読めるようにしてあるのだ。今でも論争の種になっている問題がこの時に起こったのである。この9条の文章が非常に問題を残した。しかし文字面だけを検討する専門家(特に官僚)は別にしてここに盛られた精神は完全なる平和の精神なのである。(法の精神がここでも問題とされるだろう。)そうでなければ通らなかったのであるから。

最後に

この極東裁判から憲法の制定、そのあとの戦犯問題が続くのであるが、これについても著者独自の調査がいろいろとある。しかし、日本人の多くが敗戦をどう受け止め明日の力をどうやって作り出すのかというときには酷な話かもしれないが、自分たちの被害者意識に圧倒されていてアジアで何をしたか、多くの犠牲者に対しての意識は非常に少なかったとしている。特に当時の東大の総長だった南原繁が東大の若き俊秀たちが敗戦によって戻ってくることについて書いた厳粛なる文章があるそうだが、彼でさえアジアの人たち(インドネシア、中国、フィリッピンなどの大量虐殺)についての発言は皆無であったとしている。

もう一つは、言論統制問題である。GHQによる検閲問題、統制問題は非常に多くの問題を残した。これは今ではフェイクニュースなどという言葉がまかり通っているが、なにが真実であるか、何が正しいのかというような基本的なことがますますこのフェイク技術で見通しが悪くなっているといえるだろう。語られていないことは思い浮かばない、しかし語られていることには注意が向けられるというようなことからの隠ぺいやキャンペーンがある。

また白人優位の論理もまたこの戦後の政治過程では問題となったが、現在のワクチン問題もまだその白人優位の論理がまかり通っている。

統計学を使ったウェーバー

「社会科学と因果分析-ウェーバーの方法論から知の現在へ」佐藤俊樹、岩波書店、2019,1月発行

この本は結構むつかしいというか統計学、確率論の知識がないと読めないところも多い。そしてこの本はどういう人向けに書かれたのか、これもちょっとわかりずらい。社会科学を目指す若い人向けの本なのか、社会科学とはこういう科学的手法を使っているのだと説明したいが故のことなのかそれともウェーバーの方法論は現代に通じる社会科学の方法論でこの方法論に関する今までの多くの誤解がウェーバーの書を誤読させてきた、ということなのか、あまり判然としない。ウェーバー理解が本当に間違っていたのだろうか、という疑問が出てくる。

こむつかしい話なので印象論

詳しい説明はむつかしいので簡単にこの本の印象を語ることしかできない。

V.クリースという統計学の学者がウェーバーの10年ほど先輩であり、大学同僚であったころにその学者の統計学をウェーバーは学び、彼の方法論に取り入れた。適合的因果構成、とか彼の方法論使っている術語はほとんどがクリースからの影響であるということのようだ。ウェーバーはご承知のようにエートス、動機理解的方法、価値理解、没価値論、客観性、理念型などという社会学の基本用語を新しく作ったような人である。その方法論の基本的な部分がこのクリースの影響にあったという。それがウェーバーの文化科学論文、といわれるものである(この本が翻訳されているかどうかがこの本のなかを調べたが出てこない、あるいは調べ方がまずいのかもしれないが)が、歴史的には日本はこの論文をあまりウェーバーの方法論上の重要テーマとして扱ってこなかったという。しかし実際の彼の方法論の述語などを分析すればするほど、クリースの統計学的な理解と言葉を多用しているようである。著者は、はっきり言えばそれだけを語っている。そういう見落とされていたクリースの方法論上の影響についての発見があったということだ。同種の研究では向井守の著書があり、ウェーバーの社会科学方法論について多くを語っているらしい。この佐藤の本は彼の業績に負っていると書いてある。

(1903年から1921年にかけて方法論上の著作が出ている、死後、科学論集としてまとめられ広く読まれているようである。が日本のウェーバー研究者は読んでいないということか?)

我々の学生時代には「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の解説では近代資本主義とプロテスタンティズムは親和性があった、とか因果的に選択的関連性があったとか言われていた。この時に言われている因果的という言葉であるがこれが統計学的用語であった、ということである。これは反実仮想の方法をとって、つまりプロテスタンティズムがなければ逆に近代資本主義は生まれなかったのかという問で逆証明が必要な方法で統計学には基本的にあるやり方だそうである。この本では結局ウェーバーはそういう1906年前後の統計学の発生時期にそれでも非常にむつかしい統計学をウェーバーは勉強して現代までに通じる社会科学を打ち立てた、ということである。

統計学が最強の学問である

そこで思い出したのが、「統計学が最強の学問である」西内啓、ダイヤモンド社、2013という本である。中身は読んでないがパラパラと書いてある文字づらを見ていくと確かにさも統計学しか学問の基本になるものはないという事が言えるのではないかという気がしてくる。しかし今まで大学で少しばかり統計学らしき本をかじり、会社では正規分布と分散性という技術屋の言葉を聞きながら来たが統計学というような学問にほとんど興味を持たずに来た。多分これは保険屋などが掛け金を決めたり保険金の受け取り額を決めたりする時には使っているだろうな、というぐらいの推測はつく。または現在のコロナの感染人数から統計学者は何を考えているか知りたいところではある。また統計学は特に社会現象を理解していくうえで非常に重要でありそうだ。選挙結果速報もこの種の方法を取り入れているはずだ。

ウェーバー理解という問題

この本に関してはこれ以上のことは私は言えない。しかし、文化科学方法論を重視してこなかったがゆえにウェーバー本を誤読したか、よく理解していなかったかはわからないが、基本的なところではあまり誤っていないのではないかと思う。実際、そのように著者も言っている。だから結局この本は統計学が最強の学問であるということを言いたいのかもしれない。

第二次大戦の独ソ戦とは何だったか

「独ソ戦ー絶滅戦争の惨禍」大木毅著、岩波新書、2019,7月発行

2020年の2月時点あたりで12万部売れているということで新書大賞を受賞した本である。帯にもそう書いてある。計算すると一億円以上の売上である。新書一冊でこれだけの売り上げがあるということは大変なことだ。現在であれば、さらに増えていると予想される。

何がこの本を読ませているのか、この本自体はかたいことで有名な岩波新書であるから、そう極端なことが書いてあるわけはないので、むしろ、このある意味学問的な手続きを経た研究の成果であるまじめな本がどうしてこんなに読まれているのか、という方に興味がわく。手に取れば簡単に読める本ではないという印象がある。だから口コミなのか現代の置かれている状況なのか、戦争を知らない人たちのまじめな意味での興味なのか、憲法9条問題があるのか。

本屋の間では、戦史が結構人気があって読まれている、ともインターネットでは出ている。。

この本の特徴

この本は、ソビエト崩壊後のゴルバチョフ時代に一次資料が公開されたことによって新しい資料を参照できるようになったことが、この本の一番の特徴であろう。つまりソビエト側の資料で確かめることができた事が今までのナチス悪者論だけの戦史からは大きく離れている。ある意味可能な限りの公平な立場からの独ソ戦争論である。

この本から一番よくわかることは

この独ソ戦を読んで一番分かったことは、ナチズムというものが終局を迎えたのはこの独ソ戦の敗北であった。1945年4月にヒットラーは自殺した。それはこの独ソ戦の敗北がはっきりしたからである。確かに連合軍のとくにアメリカの参加が大きいとはいえ、ソビエトが最後に踏ん張ったことが大きい。しかしその踏ん張りはアメリカの援助である。特に春の泥濘期は戦車が一メートルも泥沼にはまるのである。はっきり言えば地上戦は、どちらも戦いようがない時期となるのである。それを防いだのは、アメリカの全輪駆動車である。これをソビエトに供与した。この自動車部隊がこの泥濘期に非常に活躍できた。

なぜ独ソ戦なのか

ヒットラーナチスは、東方植民を考えていた。それは英米を中心とした民主陣営から全面的輸出入の禁止措置がとられていたのであるから致し方ない面もあった。特にウクライナの原油などはそういう意味では重要な植民地足りうるところであった。そこでドイツは東部総合計画というプランを立てていた。これが東方植民地計画である。この目的は大ドイツ主義を貫徹するためには必要な戦略であった。

戦争の概念

著者は戦争というものを次のように分類している。

1,通常戦争、最後は外交的解決を図るための戦争

2,収奪戦争ー食料、原料など収奪するための植民地化するための戦争

3,世界観戦争、これは人種主義とかそういう当事者の持っている世界観での戦争

(これは絶滅戦争に発展する。)

ナチスの戦争も当初は通常戦争を主としていた。そこから最後は収奪戦争、最後は絶滅戦争まで行きついた。戦争の合理性もなくなり、互いの絶滅を志向する戦争となっていった。

読後感ー兵站の問題、そして悲惨、地獄

素人なりに単純に考えれば、まず大国という懐の深い敵国への長い侵入というのは非常に危ない、ということではないか。兵站の補給路が立たれる。また考え方に無理が出る。どれほど優秀な武器、弾薬、兵器があろうとこの長い兵站は致命的である。日本の中国侵略時の点と線と同じである。ある意味ソビエトは民主陣営と手を組めたことがこの戦争では大きい意味があったのと知悉している得意な自国での戦いであった、という点が重要だろう。またロシア時代に、日露戦争で負けた教訓が残っていて陸軍大学では戦略、戦術の中間に作戦術という概念を用いて戦術と戦術の有効的連携を図るというような軍事思想的にも優れたものを考案していた。

しかし、最後にこの戦史を読むと戦争が如何に国際法違反でしかないということをいやというほど知らされるのである。どちらもどちらである、捕虜虐待、捕虜銃殺、捕虜殺戮、捕虜の強制収容による強制労働、などどちらも飢餓作戦と呼ばれる方法で捕虜を扱った。また捕虜だけではなくて民間人もドイツもソビエトでもどちらも強制的に移住させられたり犠牲になったりである。民間犠牲というものはあまり表には出ないがそういうところにもこの本は目を配っている。

余談であるが、このレベルの話を読むと、大岡正平がフィリッピンのレイテ戦でアメリカ軍に捕虜になった時、これで助かった、と思ったのとは雲泥の差の戦争がここにはある。

ついでに

この本は参考書をいろいろとあげてあり、詳細を知りたい人への道を示している。また軍事専門用語についても簡単に説明がある。またあとがきで、岩波新書で書かないかと持ち掛けられた時の逸話がある。この話もなかなか面白い。

日中戦争、中国人の内面は

陳舜臣、「桃花流水」上、下、中公文庫

(原著発行は昭和51年1976年朝日新聞社から)

この本の時代

日中戦争の始まりのころ柳条溝事件、盧溝橋事件などが起こった頃をバックグランドとして書かれている。内容は大雑把に言えば、中国の富豪である程家の主人が中国の上海で謎の死を遂げる。その娘の碧雲という若い美人の女性は、日本の知り合いの神戸在住の金持ちに引き取られる。その娘が、親戚が台湾にいてその結婚式に出席することから上海、北京まで行くことになる。そこで分かったことは、父親は死んだことになっていたが実は生きていたということから衝撃的な出会いがある。その父親は抗日運動の指導者であった。娘はその父親の仕事を手伝っていく。この物語は中途で終わっており、その中国側の抗日運動の気運をよく伝えている。中途で終わっているが、中国人の日本に対する気持ちはよく理解できるように書かれている。この本はサスペンスではなく歴史小説、歴史文学ともいえるのではないか。

特徴

陳舜臣というような、台湾、中国、日本というものをよくわかっている人でないと書けない内容で充満している。多分学者でもわからないような細かいことを拾い上げて大事なプロットに入れている。軍閥間の争いや彼らの戦闘意欲(国共合作時代であるが、共産党のほうはあまり書かれていないが)など丁寧に書かれている。また、当時の抗日運動といっても色んなタイプの運動がありそれぞれがどういう方向に行くかはまだわからない時代でもあった。この碧雲が父親の仕事を手伝う内容は、日本人が戦死した時に残した手紙やメモを翻訳して日本の戦略の細かいところを知るという情報活動であった。またこの抗日運動に伴って必要な連絡をどうするかとか日本の特高につかまらないようにするにはとか、また中国で日本軍隊に捕まらないような作戦とかは詳しく書かれている。あるいは上海の租界の状況などについても陳舜臣ならではである。南京大虐殺事件についても、私としては新しい情報があった。この南京城落の惨状について時の指導軍人が軍隊に向かって猛省を促したという下りがある。(事実であったと思われるが、ここは軽く書いてあった。)

テーマ

日本人から見た中国人と中国人から見た日本人の違いということになるだろう。むしろ中国人から見た日本の軍隊や日本人の戦争の考え方、中国に対して何をしたいのかというような事であり、帝国軍人は中国人の気持ちをほとんどわからなかったと思われる、という事だろう。この広い中国で日本人が傀儡政権を作って植民地化できると思ったことが大きな過ちだったのである。満州、台湾、朝鮮は一応その植民地化はできたのであるが、大中国の奥地まで出かけて戦争をして勝ったところで何ができるのか、何をどうしたいのかということが本当に明確であったのだろうか。最初は弱かった中国が次第に強くなってくる。これは日本軍にとっては最後は恐ろしいことだったと思われる。これは独ソ戦やベトナム戦争、イラク戦争などと同じで敵陣奥深く入って行って戦争するほどばかげたことはないようにも思うが、当時はイケイケの気運だったから。兵站が長くなり補給線が途切れる。この中国で水運のクリークでは日本軍は抵抗にあっている。

この小説の面白さ

やはり、神戸の路地裏まで描ける日本通であると同時に、北京、西安、大同、上海、蘇州や台湾の習慣や気分を書き上げることができるという意味では知らない人間にとっては楽しみの一つである。ある意味不適切であるが観光案内の面もある。私にとっても行ったことのある西安や台湾、蘇州、上海などの空気感や食べ物の味わいやにおいまで感じ取ることができるこの小説は本当に楽しいの一言である。そこに日中戦争という歴史を介在させてその中に生きた人間を置きその人間の生の声を発生させる、ということは生き生きと歴史を知ることになるのではと考えられる。ある意味日中戦争について知らない人でも読める内容ではあるが歴史を知るにはこういう方面から入るのもいいのではないかと思う。いずれにせよ著者は日中どちらの気持ちにもなれるということである。陳舜臣のような人は稀有な存在ではないだろうか。

ついでに

この本は案外長いので読むのには時間がかかった。しかしどんどん読み進められる内容である。イギリスのフロスト警部というのも非常に長いのであるがそれと同様で読み終わりたくないような気持に最後はなる。

桃花流水という言葉は最後の最後に出てくる。桃源郷というような意味だ。今はあり得ないが探し求めていくべきもの、というような意味で中国人の当時の気持ちに沿ったものである。

パレスチナ人とは誰か

エドワード・W・サイード著「パレスチナとは何か」写真ジャン・モア、島弘之訳、岩波現代文庫、2005年発行(原著1995年岩波)

エドワード・w・サイードとは

この本は、パレスチナ出身アメリカで教鞭をとっていた世界でもっとも著名な思想家の一人である、エドワード・サイードの本である。彼のもっとも有名な本は「オリエンタリズム」(上・下、平凡社)である。「オリエンタリズム」は今もなお世界中で蔓延しているヨーロッパ中心主義(欧米という西側)という世界の視点を明確に問題視したのである。マルクスでさえ彼の批判にさらされている。欧米中心史観、欧米中心の世界観というものを徹底的に批判したものである。決してそのヨーロッパの文化遺産を否定したのではなくその視点を批判したのである。

そういう観点からでもあるが、この「パレスチナとは何か」はその欧米中心の考え方というものが現実にどういう問題を作り出しているのか、という現実に切り込んだテーマである。というより彼が切り込まれたといったほうがいいのか、巻き込まれている現実について書かれたものである。

また、ジャン・モネという写真家によって撮影されたパレスチナ人の写真が十数点あるが、話が途切れると、というか挿入のようにこの写真についての感想、見方、感じ方などを書いている。

中心のテーマ

要するにバルフォア宣言によって1948年イスラエルが建国されることによって、パレスチナ人は追放されたのである。また同地にとどまった人々は植民地化されてしまった。ヨルダン、レバノンなどへ移民させられ難民とされた。パレスチナ自治区にはユダヤ人の入植地というのがあり、既成事実化していき、パレスチナ人の土地の収奪など国際法違反の現実がある。それらの事は一向に改善されたり良い方向に向かうことがない。国連も分科会など開催してこの問題を取り扱うが、最近は出席する国がどんどん減っているようだ。中心テーマは第二次世界大戦後にイスラエル建国によってどれだけの悲惨、悲劇、が起こったかということであり、パレスチナ人の苦悶、悲しみ、というものが如何に現在的なものか、ということである。またこの語りだしたら止まらない情けないほどの話を山ほど語っても世界に理解されないという現実、歴史的に積み重ねられた現実に対しての無力感とともに心底冷静に怒っている。抑えつつ怒っている。

つい最近も

5月上旬に11日間のガザとイスラエルの間で戦闘があった。これは東エルサレムというところでイスラエルの軍隊がバリケードを作ってパレスチナ人が通ることができなくなったことによって怒ったパレスチナ側がロケット弾をイスラエル側に打ち込んだことによって始まった、と新聞は伝えている。この時のパレスチナ側の放送は本当に悲劇的な状況を伝えていた。イスラエルは好きなように人殺しをしているとインタビュウを受けた人は語っていた。

どれだけ人を殺したらこの戦いは終わるのだろうか。

またこの戦闘であるメディアはAI戦争だというようなことを言っている。また迎撃ミサイルの効果があって、イスラエル側は90パーセントのミサイルを撃ち落としたといっているそうだ。ものすごいシステムであるがこれはアメリカと共同で開発したものである。

サイードとパレスチナ人の苦しみ

この本はサイードがアメリカで悲しみながら怒りながら書いたものである。どれだけ怒ってもどれだけ悔しがっても解決の糸口が見えてこない。圧倒するイスラエルの軍事力、世界を味方につけた広報力、文化力、欧米視点の完成のような世界の風潮に対してなすすべがないというような、しかしなすすべがないといって黙っていられない、ない力を振り絞って書き出すというような内容である。だから思い付きのような散文とならざるを得ない。あの時はこうだった、こういう人もいたというようなある意味とぎれとぎれの記憶をたどっていきつつ怒りを抑え、爆発しそうな感情を抑えつつ苦しい問題の現実をさらけ出していく。こういう書き方もあるのだと思わせる語り口である。どういうことが苦しみであり悲しみであるのか、こういうことは論文形式で書くわけにはいかない。土地の問題やパスポートの問題そしてユダヤ人や世界のマスコミがかたるアラブ語の発音に至るまで問題視している。ユダヤ人が食べるようになったアラブの料理名を、勝手に変えるなといわんばかりである。

引用するとp231

”パレスチナ料理の数々は、イスラエル人の常食となった。タッブーレは、あるレストランのメニューには「キブーツ(イスラエルの農業共同体)・サラダ」として載っている。アラビア語の単語や人命をヘブライ語風に翻字する方法は、今や完璧なまでにアメリカのマスコミを占拠しており、これは不条理だと思われても仕方ないほど私を激怒させる。アラビア語の喉音h・はかつては英語のhとして翻字されるのが常であった。1982年以降はずっととりわけ、「ニューヨークタイムズ」紙が、khに変えてしまい、ヘブライ語の音声に最も近いものに対応するようになったのだ。かくして、レバノン最大の難民キャンプであるエイン・エル=ヒルウェ(「甘い泉」)はエイン・エル=キルウェと翻字されて・・・・・「空疎な場所にある泉」といった意味に近い。・・・・・・・・」”引用が長くなるのでここでやめるが発音の問題は意味を変えてしまうので本当に悔しいということだろう。この問題も非常に神経を逆なでるような感情をわき起こす。日本でも著名な人がスポーツの解説でもら抜き言葉を連発すると本当にその番組を見たくなるなるのとレベルは違うが、似たような感覚であろうか。

こういう様々なレベルでの感じ方を語っており一種の詩のような感じもある。美しいとさえ思われる。

また、イエーツの詩が引用されているが(本書p276)、この美しい詩の意味について読者が考えるようにうながされている。(後期の作、ここでは、「学童の中で」とあるが岩波文庫イエイツ詩集では「小学生たちの中で」という題名になっている。文庫本p239)

イスラエルという国

イスラエルという国は世界でも珍しくユダヤ教という宗教共同体なのである。このユダヤ教というのは、イスラム、キリスト教と深い親戚関係にある。特にそういう意味ではユダヤ教から二大宗教が生まれた、つまりキリスト教徒イスラム教である。そのユダヤ教の聖典である聖書には、キリスト教で言うところの旧約聖書の部分を聖典としているわけであるが、そこに書かれてあることは当然平和の神なのである。罪びとなる人間である。とくにイザヤ書には平和へのメッセージがが至る所に書かれており、ユダヤ人が人殺しを正当化するような箇所はどこにもないといっても過言ではない。非武装、中立主義では無論ないが、なにゆえにユダヤ教徒が名もない無垢の人々を殺すことが可能なのであるか。これはナチによるホロコーストのトラウマなのか。しかし、そんなことを言っても始まらない、といわれそうだ。この3大宗教の信者が歴史的にどれだけの殺害と侵略と強権的、暴力的支配、暴虐の限りを犯してきたかというようなことはカトリックの歴史を見ればよくわかる。十字軍もそうであるし、最近のアルカイダやイスラム国の恐るべき事件はまだ、まだ我々の脳裏に焼き付いて離れない。ユダヤ人は歴史的にディアスポラとなり集団的には逆に差別を受ける側であった。しかしナチ以降逆転である。現在は彼らがナチズムの完成のようなことをしているわけである。またバイデンに特徴的に表れているようにパレスチナ人への同情のかけらも示さない。イスラエルの防衛という攻撃は承認する、後ろでは和平工作をなんとかしていく。誤魔化しの政治を白人優位の中で遂行していく。恐るべきことである。この本によれば多くの著名なアメリカの雑誌は反イスラエルの記事は出さない、という。ある意味、ユダヤ人に聞いてみたいのはそういうユダヤ教の教理と反していないのか深刻な神への冒涜になっていないのか、2千年前のイザヤがユダヤ人を批判したようなことが今でも起こっているのはどういうわけなのか、と聞いてみたい。

終わりに

こういう本はなかなかない。反イスラエルを絶叫するだけで終わってしまう可能性もあったのである。しかしこのサイードは色んな感情、いろんな認識、いろんな考え方を含蓄を込めながらパレスチナ人の現在的苦しみを冷静に語っている。人間の書いたものではダンテの新曲に近く、人間認識の深みと広がりを持っている。

参考としては、広河隆一「パレスチナ」岩波新書2002、藤村信「中東現代史」岩波新書1997などがわかりやすい。