二つの燃えカスと信仰

ある程度正確な状況がわかるように二つの翻訳をここに引用しておく。 イザヤ書7章1から4節。 1、ウジヤの子ヨタムの子、ユダの王アハズの時のこと、アラムの王レツィンと、イスラエルの王レマルヤの子ペカが、エルサレムに上ってき続きを読む “二つの燃えカスと信仰”

賢さの問題を指摘している創世記

創世記3章の蛇の問題、これは月本昭男先生(旧約学、オリエント学)によると賢さの問題を創世記の作者は問題にしているという事のようだ。つまり最初にこの世で一番賢い動物としての蛇というのをさりげなく出しておきながら、神の裁きで続きを読む “賢さの問題を指摘している創世記”

詩篇123は非常に短い詩だ。

この詩は非常に短い。 しかし、ほかの詩篇とは違うリアリティーがある。 「僕がその主人の手に目を注ぎ、はしためがその主婦の手に目を注ぐように」我らの神に目を注ぐとある。 どういう主人かどういう主婦か、わからないが仕えてるも続きを読む “詩篇123は非常に短い詩だ。”

我が民を慰めよ、イザヤ書40章

クラウス・ヴェスターマンのATD第二イザヤ書注解p50に書いてある。 「イスラエルは、神がその民に許しを与え、回復を決定されたという事をイスラエルに告げるために、この時民に遣わされる使者の言葉によって慰められるのである。続きを読む “我が民を慰めよ、イザヤ書40章”

ベルは伏し、ネボはかがみの意味は分かるだろうか。?

「ベルは臥し、ネボはかがみ、彼らの像は獣と家畜との上にある。あなたが持ち歩いたものは荷となり、疲れた獣の重荷となった。 彼らはかがみ、、彼らはともに臥し重荷となった者を救う事が出来ず、かえって、自分は囚われていく。」イザ続きを読む “ベルは伏し、ネボはかがみの意味は分かるだろうか。?”