吉田茂の娘の話

「父吉田茂、麻生和子」光文社1993年12月
この本を紹介したい
なぜこの本か
朝日新聞の土曜日(正確ではないが26年一月第二週目の土曜日ではないか)のBEという別紙に原武史が2.26事件のことを書いている。その中に麻生和子のことが触れられており、その引用はこの本だった。原の文章は湯河原の伊藤旅館に何時ころの汽車で行ったとかそんなことが書いてあったはずである。彼女はすすめのあった結婚を断るために母方の父、彼女から見れば祖父つまり牧野伸顕ではあるが、夕方、旅館に到着した。話は明日ゆっくり聞くからと言われてその日は何もなかった。一夜明けての朝に2.26事件だ。結局朝一番からこの事件に彼女も巻き込まれたが、からくも牧野伸顕と裏山に逃げおおせた。偶然とはいえ日本史に残る大事件に遭遇した。

この本の大事なところ
やはり吉田茂の風貌というか匂いのようなものが感じられるところか。娘としてどういう役職だったかははっきりしないが娘として父親の仕事をかなり手伝っていた。サンフランシスコ講和会議の随行員として父親と一緒にいっている。外交官から政治家になった父親の手伝いをしながら近くにいた時間が長いことから、簡潔に彼の人格や人物像が描かれている。

さらに言えば、現在自民党副総裁の麻生太郎のお母さんでもある。彼がしゃれっ気を出してかぶってる帽子も母親の影響かもしれない。この著者である和子母は外国も長かった。とくにイギリスでは乗馬をしたりダンスをしたり、猟にも出かけたり、イギリス仕込みの遊びや付き合いを学んでいる。
政治的な感覚も吉田茂のことをよく理解しており、現在の麻生太郎を見たらどう思うかである。

結論として言えることは、政治家二世三世とかよく言われるが、この麻生太郎などはまさに間接的二世である。親戚関係者には首相もいたし大久保利通も遠縁であるが親戚だ。良くも悪くも家柄は大変な一家ではある。(吉田茂の奥さんは牧野伸顕の娘である。牧野伸顕は大久保利通の息子である。)吉田茂という人は自由主義者、平和主義者であった。米国から軍隊を作れと言われたが断った、という。またナチスやムッソリーニは大嫌いだったらしい。やはりこういう人も戦後復興時にはいた。

ついでに原武史は政治学者であるが、鉄道マニアでもあるようで鉄道と政治の関係をたくさん書いているユニークな方だ。政治学に交通の事情を組み合わせて、ある意味サスペンスのような雰囲気を醸し出すところもある。

投稿者: daiuema

昭和24年東京の浜松町で生まれ、3歳の時引っ越しし千葉市の幕張で育ちました。大学卒業後今のデンカに入りほとんど営業一筋です。ゴルフは31歳から始め現在南総カントリーのハンディ11

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