読書ブログ251209
井伏鱒二「珍品堂主人」1959年昭和34年中央公論発表(一月号から9月号まで)
井伏鱒二全集第20巻所収
この小説をなぜ読むことになったか。
NHKラジオの朗読で何回か聞いていた。ものすごく読みやすそうな語り口である。女性アナウンサーが毎回15分程度である。これを終えるには30回は必要ではないかと思われる。朗読は芸術だ。人の心に静かに響く。落語とは多少違っているが、落語もラジオで聞くと味わいがある。楽譜を見ながら曲を弾くソロの音楽のように感じる。そういう心地よい音楽を聞いている風情でこの小説に出会った。そこで原本を取り寄せて読んでみた。
(と書いて女性アナウンサーとばかり思っていたが、調べると、実は講談師の田辺いちかさんである。さすがにうまい、アナウンサーのレベルはすごいななどとは思っていたが、やはり違っていたのである。聞く価値はある。)https://tanabeichika.com/
内容
この小説の背景となる時期については、戦後すぐのような書きぶりである。それにしては生活難の感じもしない。書いた時期も時期であるから、東京ではすでに戦後の焼け跡はもうなかったであろう。実際に私もこのころ東京には住んではいないが、小学校高学年だ。両親は塾に行くことを勧めた。そして私は今でいう学習塾には行っていた。中学受験が厳しいという時期に差し掛かっていた。そのくらいもうサラリーマンの家庭でも食うや食わずの生活というではなしに、少しは落ち着きのある生活ができつつあった時代であった。
この小説の流れ
戦前に学校の先生をやっていた人が戦後何かのきっかけで骨董屋になった。前半部はこの骨董屋の話だ。後半部は突如しっかり金を稼がなくてはいけないと思い立ち、料理屋、それも高級料理屋をやろうとして、立ち上げて一年経営をするが、いろんなもめごとがあってやめてまた元の骨董屋に戻るというところで終わる。
この小説の面白さ
まずは何といっても骨董の世界を味わえる、というところだろう。もう一つ高級料理屋の設立のいきさつやその経営の苦心、従業員のもめごとなどから色々なことが分かりさもありなんである。
しかし後半の高級料理屋の設立が終わって一年という間にいろんな事件が起こる。そこが一番話の盛り上がりがあるところである。主人公は別に料理屋の経営が得意である風でもないができないことはないといったところの人物だ。しかし顧問という女史が出てきて彼女に翻弄される。結局はこの彼女の作戦によって主人公は追い出される。
よくある話であるが、これが小説であるというのは何が小説にしているのかというような事を考えざるを得ない。さらに言えば何が言いたい、と聞きたくなる感じはする。そうはいってもこの物語に自然に引き込まれていく。何かよくわからないが、主人公の何ができる風でもない、よたよたした感じの人柄に魅力があるのかもしれない。学校の先生から戦後骨董屋になる、というところに多少浮世離れした感じもある。それはまともな生活ということに関しては見切りをつけていたのかもしれない。またある程度のレベルのインテリでないとこの仕事は務まらない。そういう意味では結構な大学を出て特に歴史には詳しいインテリで多少の矜持を持っているタイプであろう。さらに言えば、頭の中では俺は何でもできるぞという架空の自信はあるが、現実的なところには弱い、理屈はあるが現実の大衆の前では何もできなそうな男である。それが料理屋騒動の中で追い出された原因ともなってしまった。
違う目線で見ると
この小説はよく考えてみればまず作者がいて主役の主人公がいる。この主人公を作家と同じ目の高さで、共感しながらその人物を描いているところがまず第一に重要なところだろう。かつまたこの作者の語り口が先ほどの朗読にも表れているが文章が優しい、どこかの爺さんがゆっくりと語っている感じもする。そのゆっくりの感じが案外リズミカルで面白さを感じる。この主人公を憎みもしなければ馬鹿にするわけでもなく、当然褒めもせず、ありのままに書いている風である。悲劇が発生するわけでもない。物語が山あり谷ありの話ではない。骨董屋と言えば特殊な能力があるのかそれしかできないからなのか分からないが、そんなに出来物の人物ではない。よく言えば趣味人世捨て人風でもある。客観的に見ればむしろ平凡といった方がいいくらいの人物だ。この平凡さのゆえに面白いのかもしれない。ストーリーと言えば結局自ら手掛けた高級料理屋を手放してまた一介の骨董屋に戻る。その時のなんとなくむしゃくしゃした気持ちが分かる感じもする。昔のなじみの女のところへ行って愚痴でも言おうと思ったがそのあてにした女も誰かが連れ去っていない。なんとなく寂莫とした感じがただよう。倫理観が強い人でもなく、男女関係に悩んだり経営上自分の主張があったりするわけでもない。そんな感じを受けて終わる。ある意味この人はさらにだらだらと生き続けていく感じが残る。
この平凡な人物の意外な展開が面白いのか、実はこの人物はモデルがいてそのモデルに書いていいかと聞くとノーとは言わなかったといいうことから書くことになった、と別のところで明かしている。しかしモデルが特定されるのも困る、しかし全く別物にするとこの人の面白さがなくなるというので似たような事も含めて書いたそうである。
モデルの存在と映画化
しかしこのモデルは骨董品鑑定士で魯山人と星岡茶寮を経営した秦秀雄(のちに目黒のリザンソウ、驪山荘、千駄ヶ谷の料理旅館。梅茶屋などを経営)で話の流れはこの魯山人との確執をベースにして書いたそうである。またこれは森繁久彌の主演で映画にもなった。多分女顧問は淡島千景(扇千景)その他乙羽信子、淡路恵子、市原悦子、有島一郎、東野栄治郎、いまからみればそうそうたる役者で固められている。一度見てみたい気がする。こっちはやはり喜劇である。秦秀雄は骨董に関する本も多数出版している。ヤッフーなどで検索すればかなりの数出てくる。逆に言えば本人の話を聞きたいくらいである。