コーヘレトの言葉の最終章が意外な比喩で満ちていた。

コーヘレトの言葉(かつては伝道者の言葉と言われた。)の最終章の個所が隠喩、暗喩で満ちていたことをご報告する。これを知らなければこの個所の理解はむつかしい。

少し長いが引用する。(これは中央公論社、旧約聖書、中沢洽樹訳、もともと世界の名著シリーズにあったものである。この翻訳は名訳といえるのではないか、人間臭さ、こなれた日本語である。)

私は知らなかったが、この翻訳の最後の方に注釈があり、その注釈に書かれている。この年になるまでこのことを知らなかったのである。またこの個所は何か預言でもしているのかという気がした。しかし、この個所は老境から死に至るまでを隠喩で歌った有名な歌だという事だ。あまりの無知をさらけ出すようだが、多分知らない人もいるので共有したいと思いここに掲載させていただいた。この本をもっている方はそこを参照していただければいいのである。

太字にしてあるところが注釈にあるのでご参照ください。

12章1節から

若き日に造り主を覚えよ。

そのうちに老境に入り、「おれにはもう何の楽しみもない」という日が近づくから。

2節, やがて太陽の光が暗くなり、雨を伴う雲が再び現れる。

3節, その日には家の番人どもは震え、たくましい男衆もかがみ、粉ひき娘の数も減って仕事をやめ、窓からのぞく女らもかすんで、

4節, 町の門は閉ざされる。そうなると粉ひく音も遠のき、小鳥の声に目を覚ます。

   そして、歌の娘らはみな低くなる。

5節 ,彼らはまた坂を上るのが大儀になり、道を歩くときも尾を背が先立つ。

   アメンドウの花白く咲き蝗は萎え

   ふうちょうぼくのつぼみもききめがない。かくて人は永久の住まいに移らんとし、弔問の客が門辺を行き交う。

6節 ついに白金の紐は切れ、黄金の皿は砕ける。

   また水がめは泉のほとりで壊れ、車は井戸のそばで砕ける

7節 かくして土くれは元の土くれに帰り、雲はその源なる神に帰る。

8節 空の空なるかな、一切は空である。

注釈

1、造り主=墓とも読み替えることが可能

2,雨を伴う=パレスチナの冬の現象で老境のたとえとなっている。

3,番人=手足のこと

4,男衆=腰のこと

5,粉ひき娘=歯のこと

6,窓から覗く女=目のこと

7,町の門=耳のこと

8,粉ひく音=人の話声

9,歌の娘ら=音声の調子

10,アメンドウの花白く咲き=白髪が増えること

11,蝗は萎え=精力が衰えること

12,ふうちょうぼくの蕾=強請剤

13,永久の住まい=墓のこと

14,ひもは切れ、黄金の皿は砕ける、銀の紐は=銀の、黄金の皿は=金の釣り燭台を表す。

15,水ガメはつるべ、車はその車のこと、前の釣り燭台も人体の比喩

16,土くれに帰り=創世記2章7,3章19

多少分かりにくいところもあるが、この歌が自分の死を預言し老境から死ぬまでの過程を美しい歌にしたのである。こういうところは詩人でなくしては書けないところだろう。何はともあれこの隠喩によってこの個所がある程度分かる。

投稿者: daiuema

昭和24年東京の浜松町で生まれ、3歳の時引っ越しし千葉市の幕張で育ちました。大学卒業後今のデンカに入りほとんど営業一筋です。ゴルフは31歳から始め現在南総カントリーのハンディ11

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